06-24 アルセーヌの後継者
脇にある燭台に灯を燈すと、それが隣の燭台へと次々に連鎖していきすぐさま階段を明るく照らす。
淡い光に包まれながら短い階段を降りて行くと、そこには――
"仕事"用の道具や換金前のお宝がずらりと並ぶ小部屋にたどり着く。
上の部屋も含め、ここは元々お爺様の私室。
亡くなる少し前に、ここにある全ての道具たちと一緒に私が受け継いだ。
"怪盗アルセーヌ"
腐敗した悪徳な貴族達に鉄槌を下し、貧しい庶民に少しでもその富を還元する。
"ノーブレス・オブリージュ"の精神をお爺様なりに解釈し、自身で始めたジェルマン家の裏の"仕事"。
始めはお父様にこの仕事を引き継ぐつもりだったそうだけれど、お爺様曰く
「あいつは優秀だ。だが真面目で小心者すぎる。この責務はきっと荷が重すぎるだろう」
……という事で、私が跡を継ぐ事になった。
勿論、私に跡継ぎを無理強いするような事は一切無かった。
秘密を打ち明けてくれた時も、もし私がこの事を世間に公開しようとすればそれはそれで受け入れてお縄に着くつもりだったそうだ。
けれど、元々貴族に支配され続ける今のノウムの体制に疑問を感じていた私は、二つ返事でこの話を受けた。
その後暫くしてお爺様が亡くなり、今は私が二代目"アルセーヌ"。
――名を改め"キティー・キャット"だ。
キティー・キャットの装備を脱ぎ、綺麗にハンガーに掛ける。
そして獲物の絵画を棚に並べる。
……これは近いうちにお爺様の代から馴染みのある盗品屋へ卸に行こう。
お互いに犯罪に身を染める者ではあるけれど、あちらの家系も同じく"信念"に基づいて"仕事"をしてくれる信頼出来る仲間だ。
――
階段を上り部屋に戻ると、ベッドが再びスライドし入り口を覆い隠す。
……さて、お水だけ飲んだら朝までひと眠りしよう。
部屋から出ると、家に着いた頃よりさらに青みを増した外の明かりが廊下を柔らかく照らし出していた。
皆寝静まり物音の１つすらしない屋敷の中を、キッチンに向け歩いて行く。
石造の廊下にコツコツと足音が響く。
“怪盗ブーツ”が無いと人ってこんなにも賑やかに歩くものなのね……そんな事を考えながらふと窓の外に目を向けた。
その時――
「――こんな時間にどうしたんだ？」
突然、背後から声を掛けられ思わず肩をすくめて振り返る――
「……お父様。いえ、目が覚めて。喉が渇いたものでお水を、と思って」
振り返ると、父が忽然と廊下に立っていた。
月明かりに照らされたその顔は、まるで血が通っていないんじゃないかと思う程青白く見える。
無表情でじっと私を見つめると
「――そうか」
とだけ言って黙る父。
「――お父様こそどちらに？」
「……いや、書斎に籠って仕事をしていてな。今から寝るところだ」
「そうですか。こんな時間まで……あまりご無理なさらないでくださいね」
「あぁ。程々にしておくよ」
他愛のない会話を交わし、それぞれ別の方向へと廊下を歩いていく。
……書斎？
お父様の書斎は屋敷の反対側よね……。
後ろから来たって事は……向こうは中庭への出入り口しか無いはずだけれど……
まぁ、息抜きに外の空気でも吸ってきたのかもしれないわね。
ここの所いつも夜遅くまで忙しそうだったから。
水を飲み部屋に帰ると、日が昇るまでの僅かな時間、束の間の睡眠を取った。
キティー・キャットの仕事に誇りは持ってるけれど……睡眠不足でお肌が荒れるのだけは困りものなのよね。
―――――
それから数日経った頃……
昼間街で聞いた市民たちの立ち話では、私の先日の"仕事"が噂になっていた。
「あのゴライアス伯爵の屋敷にキティー・キャットが現れたらしい！」
「今回は姿を見られる事もなく鮮やかに盗んでいったそうよ！」
「詳しくは伏せられてるが、街の病院に多額の寄付金があったらしいぜ」
私の仕事で少しでも街に活気が戻るなら、それはとても嬉しい事。
けれど、そんなキティー・キャットの噂に混ざり良くない話も聞こえてきた。
「また"八つ裂きジャック"の被害者だって。これで5人目だろ」
「今度も被害者は若い女性らしぞ」
「また全身から血が抜かれてたって話だぞ」
私がゴライアス伯爵の屋敷に盗みに入ったのと同じ夜、またしても八つ裂きジャックの被害者が出たらしい。
あの日の夜は、いつも通り静かなものだった。
まさかあの静けさの中、街のどこかで残忍な殺人事件が起きてただなんて……。
どうしようもなかったとは言え、自分の無力さに行き場の無いやるせなさを感じる。
……
夕食を終え、夜も更けたので自室で休もうとしたところ、エントランスで私服の父と鉢合わせになった。
「あら、お父様。こんな時間にどちらへ？」
「あぁ……急用でな。少し出かけてくる」
「お仕事ですか？」
「いや、野暮用だ。遅くなるかもしれないから先に寝ていなさい」
そう言っていそいそと出かけて行く父。
街にはまだ人出もある時間帯とは言え、こんな遅くに何処へ……？
しかも使用人も付けずに。
最近、父の様子がどうも変だわ。
突然使用人を多量に解雇したかと思えば、お爺様が大切にしていた生垣を伐採して塀を立て出したり……。
それに、連日書斎に籠りっぱなしかと思えば、深夜や明け方に屋敷の中をうろついているのを見かける。
どうも中庭によく出入りしてるみたいだけど……。
いけないとは思いつつ、どうしても気になり父の書斎へ忍び込む事にした。
別に大した目的がある訳じゃない。
父がそれほどまでに手を焼いている仕事というのが何なのか――
