06-15 霧を払う銀の少女
声の方見ると、いつの間にか1人の少女が立っていた。
「――あ!」
見覚えのある銀の髪に、印象的な黄金の瞳……。
今朝、ルルの家を訪ねて来た少女だった。
「あんたは――」
「黙りなさい」
話しかけようとする俺をピシャリと遮る少女。
「お父様。その者達は私の知人です。怪しい者ではありませんのでどうぞお構いなく」
伯爵の方へ向き直ると、眉のひとつも動かさず毅然と言い放つ。
お父様……?
――って事は、まさかこのジェルマン家のご令嬢だってのか!?
「……知人? そやつらどう見ても庶民だろ。お前に庶民の知り合いが居るなど――」
眉を顰め怪訝そうな表情を浮かべる伯爵。
「――私の交友関係に何かご不満でも?」
その言葉を遮って、まるで駄々をこねる子供を黙らせる母親のように有無を言わせぬ目で少女が睨み返す。
「い、いや……別にそんな事は言ってないじゃないか、スピカ。ワシはただ……」
あの威圧的なサン・ジェルマン伯爵が、あからさまにたじろぎ口をパクパクとさせている。
こりゃ見ものだ。
庭師の爺さんにも見せてやりたかったぜ。
そんな伯爵を無言でただじっと見据える少女。
「――えぇい! 衛兵、その者達を放せ」
プレッシャーに耐えられなくなったのか、切羽詰まった様子で声を上げる伯爵。
兵士達は命令通り俺たちを開放すると、伯爵へ向け一礼し屋敷へと戻って行った。
通りには俺たちと伯爵、銀髪の少女だけが残される。
「……それじゃワシは先に戻るぞ。明日の件で色々とお前に聞きたい事がある。早々に戻ってくるんだぞ!」
少女に向かって言い放つと、バツが悪そうに伯爵も屋敷へと戻って行った。
その後ろ姿にペコリと一礼する少女。
貴族として一応は当主に敬意を払っているんだろうが、その毅然とした佇まいから放たれるオーラは、明らかに彼女の方が格上である事を示している。
伯爵の姿が見えなくなった事を確認すると、少女が俺達の方へと歩み寄って来る。
「――あなた達、ルルの所に居た客人よね? 何でこんな所をうろついてるのよ」
さっきまでに比べるとほんの少し柔和なように感じるが、変わらず毅然とした態度は崩さずにじっと俺を見つめる。
その彫刻のように微動だにしない顔色を見ていると、今朝方ルルに向けて一瞬見せた人間らしい笑顔は幻覚だったんじゃないかとすら思えてくる。
「じ、実は俺たちも明日のイベントに参加する予定で……」
彼女には何を言っても見透かされそうな気がする。
下手に嘘をついて話をややこしくするのは得策じゃないだろう。
正直にありのままを話す。
「……まぁ、そんな事だろうと思ったけど。――ルルはその事知ってるの?」
ルルに関する事だからだろうか。
心なしか口調を和らげ小さく溜息をつく少女。
「いや……」
「でしょうね。あの子キティー・キャットのファンだって言ってたから」
腕組みをしたままじっと何かを考える始める。
「――まあ良いわ。じゃ、助けてあげた代わりに1つだけ約束して。ルルに私が貴族の娘だって事は黙っておくこと。いい?」
そう言って氷のように冷たい目で俺に釘を刺す。
「そ、それは構わないけど。約束する」
「それなら良いわ。……それじゃ、さっさと屋敷から離れなさい。お父様、明日の事で気が立ってるから」
そう言い残すと踵を返し少女は屋敷へと向かって歩き始める。
「――確かにお父様はビビりまくってるみたいっスけど、一方で娘のあんたは全然余裕みたいっスね!」
突然の声に驚き反射的に振り向くと、ずっと黙っていた盗賊マントさんが今日見た中で一番の鋭い視線を少女の背中へと向けていた。
問いかけには答えず、無言で立ち止まる少女。
その背中に向かって盗賊マントさんが追い討ちをかける。
「いや~、自分の家が明日狙われるかもしれないっていうのに、朝からわざわざ下町の庶民の家まで遊びに来るなんて……随分と呑気だなと思ったんスよ」
「――貴族が庶民と仲良くしちゃいけないという決まりでもあるのかしら」
盗賊マントさんが言い終わるか否や、矢次早に返事が返って来る。
「もぉ、そんなに分かりやすく話の趣旨を変えないでくださいよ。アタイはそんな話してないじゃないっスか」
そう言ってニコリと笑うと、コツコツとブーツを鳴らし少女の方へと歩み寄る盗賊マントさん。
少女の方は変わらず微動だにしないままその場に立ち止まっている。
正面まで回り込むと、ニンマリとした笑顔で少女の顔を覗き込む。
「お嬢様は恐くないんスか、盗賊?」
そのまま無言で睨み合う2人。
数秒程度の沈黙だったと思うけれど、場の張り詰めた空気がそれを何倍にも引き伸ばして感じさせる。
――先に口を開いたのは少女の方だった。
「恐くない――と言えば、まぁそうかもね。そもそも今回狙われてる"賢者の石"はお父様の所有物だもの。例え盗まれた所で、正直私には関係無いわ」
「そうっスか? その割にはお父様のさっきの発言。貴女と色々相談しながら明日の事を決めてるみたいだったっスけど?」
「……」
――再び睨み合う2人。
……恐い!
こういう一見穏やかそうな女性同士の睨み合いって、正直めちゃくちゃ恐い!!
何だか見てるだけのはずのこっちの胃が痛くなってくる。
そんな俺の気などお構いなしに、暫し無言での睨み合いが続いた。




