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06-13 過去の焼き直し

 ――相当な大きさの屋敷だ。

 反対側に来るだけで10分はかかったんじゃないだろうか。


 ほぼ半周見て周ってきたけれど、屋敷の周りはどこも高い塀や生垣で覆われており中の様子を伺い知る事は出来ななかった。


 所々出入りのためのドアはあるものの、そのどれもが頑丈な鋼鉄製の格子で補強されている。

 何だか屋敷と言うよりも……砦や牢獄さながらの威圧感さえ感じる堅固さだ。



 特に当てもなく外周に沿って歩いて行くふと、生垣を手入れしている庭師と思われる老人を見かけた。


「ラッキー! 屋敷の人みたいだからあの人に話しを聞いてみましょ」


 静止する間もなく、ティンクが小走りで近寄り声を掛ける。


「こんにちは! 立派な生垣ですね。おじいさんが手入れしてるの?」


 突然話しかけられ一瞬怪訝な顔をした老人だったが、屈託のないティンクの笑顔に気を許したのか作業の手を止め相手をしてくれた。


「あぁ、そうじゃよ。もう何十年もワシが世話をしとる。……あんたら、今回の騒動を聞きつけてやってきた外の人達かい?」


 俺たちを見渡す老人。

 目が合いペコリとお辞儀を返す。


「そうなの。悪い泥棒を捕まえてやろうと思って!」


 そう言って腕まくりしてみせるティンク。


「そうかい。なら悪い事は言わん、少し見て周ったら早々に屋敷から離れなされ。旦那様……随分と気が立っておられる様子での。ここ数日、屋敷の周りをうろついていただけで不審者として逮捕される奴らが後を絶たん」


 成程、それでこんなにも人が少ないのか。


 しかし、泥棒に狙われて用心するのは分かるが……自分からイベントを開いて人を集めておいて、そりゃあんまりじゃないか?



「はぁ……。今の旦那様になってからジェルマン家は変わってしもうた」


 老人がボソリと呟いて、深い溜息を吐く。


「どういう事?」


 ティンクがその顔を覗き込む。


「――先代の旦那様はな、貴族なのに庶民の生活にも気を向けて下さり、街の発展にも注力されたそれはそれは立派な貴方だったんじゃ。それこそ伝説の怪盗“アルセーヌ”とも名勝負を繰り広げ、街を沸かせた市民の人気者でもあったんじゃよ」


「“アルセーヌ”? “キティー・キャット”じゃなくてですか?」


 思わず話に割って入る。


「なんじゃ? お前さん達何も知らんのじゃな。まぁ昔の話じゃ、若い者は知らんくても仕方ないかもの。……もう何十生も前になるが、今回と同じ様な出来事があったんじゃよ。悪どい貴族達から金品を巻き上げ庶民に配り歩く義賊“怪盗アルセーヌ”。その鮮やかな手口から“怪盗紳士”と呼ばれ連日街を賑わせたものだよ」


 昔を懐かしむ様に楽しげに語る老人。


「ロンドに中の悪どい貴族が一通り狙われての。そのどれもが見事なまでに痛い目を見た訳じゃ。そんな折、先代の旦那様がアルセーヌへ挑戦状を叩きつけたんじゃ。勿論、旦那様は他の貴族のように後ろめたい事など一切無かったが、街が盛り上がるならばとな。ご自身のコレクションを盗むよう怪盗にけしかけたんじゃよ」


「へぇ〜! それでそれで、その勝負どうなったの!?」


 子供みたいに目を輝かせて話を聞くティンク。

 その調子に乗せられて、だんだんと老人の語りにも熱が篭ってくる。


「集まった何十人という警官達が見守る中、勝負はアルセーヌの圧勝じゃった。奴は警官達に姿を見られる事すらなく、厳戒態勢の屋敷から見事にお宝を盗み出して行きおったわい」


「なるほどねぇ。前にもそんな事件があったとは。確かに今回の事件とそっくりね」


 腕組みをしてウンウンと頷くティンク。


「ワシら年寄りから見れば、今回の件は数十年前の焼き直しとも思えるの。いつの頃からかアルセーヌもパタリと姿を見せんくなってしもうたし……大きな声では言えんが、キティー・キャットには頑張って欲しいもんじゃ……」


 嬉しそうにそこまで話して、ふと屋敷の壁に目をやる老人。


「どうしたの?」


 ティンクが不思議そうに首を傾げる。


「ほれ。そこの塀、途中から色が違うだろ?」


 そう言って付近の屋敷の塀を顎で指す。

 言われて見てみると、確かに途中から新しくなっているように見える。


「前の旦那様は街の景観なども気にしての、なるべく緑を多くと生垣を沢山植えられたんじゃ。じゃが、今の旦那様はこんな生垣じゃ心許ないと言ってどんどんレンガの塀に変えてしまわれた。その塀も年々高く増築されておる。昔は怪盗との対決を愉しむ程の余裕がジェルマン家にも、このロンドの街にもあったのじゃが……いつの間にかこんなに息苦しい世の中になってしもうた」



 ……確かに。

 貴族と庶民の対立が深刻な今のノウムの情勢を考えると、用心したくなる気持ちも分からなくはない。


 この塀はさながら、高い壁で隔たれた今のノウムの庶民と貴族の関係性を表してる訳だ。


「それに今の旦那様は"獲得欲"の錬金術師と呼ばれるお方。屋敷の中には古今東西から集めたお宝が山ほど仕舞われとると言う事じゃ。守りを強固にしたくもなるんじゃろ。――まったく、庶民が生活に苦しんどる中で、大層な趣味な事だ」


 そう言って呆れたように首を振る老人。

 その様子を見て、俺もティンクも何も言えずにただ頷くしかなかった。

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