01-05 伝説のラッキースケベ
それから数分後……。
落ち着いて一旦ここまでの状況を整理する。
こいつらの言うことが本当なら、じいちゃんの釜はアイテムが擬人化して出てくるというとんでもない特性があるようだ。
俄には信じ難いが、状況証拠からしても間違いないだろう。
――分かった、それは一旦事実として受け止めよう。
「……で、お前はいつまで居んだよ!?」
別室に居る深紅の少女に向かって声をかける。
さっきの話からして、錬成したアイテム(?)は魔力が切れれば消え去るはず。
なのに、こいつは一向に消える気配がない。
「――はぁ? それが親切に説明してくれた恩人に対する態度!?」
深紅の少女……"ティンク"と名乗る彼女が、別室で着替えながら大声で返事を返してくる。
――あの後、ティンク言われもう一度“麻の服”の錬成を試してみた。
言われるがまま、通常の約3倍の素材をぶち込んで錬成した所、今度は麻の服ちゃんが"麻の服"を持って現れたのだ。
持っていた麻の服は、ちゃんと大人の男性でも着られるサイズ。
しかも仕立てはかなり良い。街の雑貨屋は元より、王都でもこれ程良質な物は手に入らないかもしれない。
……いや、王都の高級な服屋で麻の服なんて売ってないだろうし、そもそも質素な麻の服にそこまで上質な仕立てを求める人も居ないだろうけど……。
何せ品質は最上級品だ。
「つまるところ、マクスウェルの釜の特性は"素材を大喰らいする代わりに、術士の力量を超えた上質なアイテムが錬成できる"って事だろ? "ついでに、擬人化したアイテムも出てくる"とかいうとんでもない副作用もあるけど」
「まぁそういう解釈も出来るけど……あんた本当に分かってんの? アイテムが擬人化するって事は――」
「はいはい! 分かってる分かってる。……はぁ、“大喰らい”さえ無ければかなり有用な特性なんだけどなぁ」
いくら高品質なアイテムが作れるとはいえ、材料が3倍もかかるとなるとどう考えてもコスパが悪い。
しかもその度に擬人化したアイテムも出てくる訳だ。これはかなり使い勝手が悪いぞ……。
「――で、ティンク先生。気が済んだらそろそろお帰り頂けませんでしょうか?」
そう声を掛けてたとき、丁度別室のドアが開いて中からティンクが出てきた。
明かにサイズがでかいダボダボの麻の上着だけを身につけた、あられもない姿だ。
上着の裾から覗く、ほっそりとしてるのに艶やかで柔らかそうな太もも。
大きめに開いた首元からはラージスライムが窮屈そうにちらちらと顔を伺わせている。
……めちゃめちゃエロい!!
ち、ちなみにこれには事情があってだな……! ――材料が足りなかったのだ。
いくらありふれた素材ばかりとは言え、3倍量ともなるとさすがに素材が足りず上着しか作れなかったのだ。
「……ないの」
艶かしい太ももに思わず見惚れていると、ティンクが口を尖らせて何やら呟く。
にやけそうになる顔を引き締めて聞き返す。
「――はい? 何て?」
「……帰れないの」
「は?」
「だから! 帰れないのよ!!」
頬を膨らませてティンクが怒鳴る。
「……はぁぁ!? 何でだよ!? 魔力が切れれば自然と消えるんだろ!?」
「私の場合、特別なのよ! てか、私を錬成した時、釜に何か変わった事は無かった?」
「変わった事……? そう言えば、釜にコーティングか何かされてたような……」
「多分それよ! ……マクスウェルの仕業ね。次に錬金術を使った時、自動的に私が錬成されるように釜に細工が仕組んであったのよ」
「……じいちゃん、何だってそんな事」
溜息をついて頭を抱える。
「溜め息付きたいのはこっちの方よ! しかも相当な量の魔力まで込めてあったみたいだし……ちょっとやそっとじゃ消えられそうにないわよ」
「ちょっとやそっとって何時間くらいだよ? それとも、何日か?」
「そんな簡単なレベルじゃないわよ。数か月か……下手したら数年」
……
「……そうか、じゃ、まぁ元気にやれよ!」
そう言ってティンクの手を取り玄関へと引きずっていく。
「ま、待て待て、待って! こんなか弱い美少女を着の身着のまま外に放り出そうっての!? ウソよね!? この鬼畜! 外道! 変態!!」
ギャーギャーと騒ぎ抵抗するティンク。
その細い身体からは想像もつかないけれど、意外と力が強い。
「んな事言ったって、ここ俺の実家だぞ! この工房だって今日継いだばっかりなのに、初日からいきなり見ず知らずの女を連れ込んで同棲だなんて! 家族に知れたらどうすんだよ!」
「そんなの知らないわよ! あんたが錬成したんだから責任もって養いなさいよ!!」
「はぁ!? 何でそうなんだよ!」
こうなればお互いに意地だ。
机の脚や棚やらにしがみ付いて何が何でもでも動こうとしないティンクと、無理やりにでも放り出したい俺。
押し合い引き合い、取っ組み合いの力比べをしているうちに、思わず足がもつれ2人一緒になって床へ倒れ込む!
「……痛ったぁ! 何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ! 思いっきり腰打ったじゃねぇか! ――っ!」
片手で腰をさすりながら起き上がろうとして、自分の置かれている状況に気付く。
意図せず覆いかぶさるような形で倒れ込んでしまい、結果としてティンクを押し倒すような体制になってしまっていた。
ふと、至近距離で目と目が合う。
つい今の今まで取っ組み合っていたと言うのに、いたずら好きな子猫のようにどこか可愛げのあるその瞳で見つめられると、思わず心臓の鼓動が早くなる。
この深紅の少女、性格はともかく見た目だけなら街一番――いや、モリノでも数本の指に入るレベルかもしれない。
「――な、何よ?」
慌てて目を泳がせ顔を背けるティンク。
気のせいだろうか……少し頬が赤いような気がする。
急に黙って大人しくなるティンク。
え? これってアレか?
じいちゃんから受け継いだコレクションにあった伝説の――『ラッキースケベ』ってやつなのか!?
さっきまでのバカ力から考えると、本当に嫌なら暴れて自力で脱出できるはず。
でもそうはせず大人しく俺に乗りかかられてるって事は……無くはない!? 無くは無くないのか!? むしろアリという事でOKですか!?
突然訪れた千載一遇のチャンス!
俺の中で恐怖心と好奇心が壮絶なバトルを繰り広げる! ちなみに良心は真っ先に負けたようだ。
「な、なぁ、ティンク……お前ってよく見ると――」
「な、何!?」
再び目と目が合い見つめ合う。
恐らく……これまでの人生で最大出力の勇気を振り絞り、ティンクの顔にそっと手を伸ばす。
焦るな! 落ち着け! 男はどんな時も余裕が大事ってじいちゃんが言ってた。
手の震えを必死で誤魔化し、柔らかそうなその頬にそっと手を触れる
――その直前
「――おい!! マグナス! どうした、何か凄い音がしたぞ!!」
外から聞き慣れた声が聴こえると共に、ドアを激しく叩く音が。
「に、兄さん!?」
「――! マグナス! 大丈夫か!? 開けるぞ!」
「ち、ちょっと待っ――!」
俺の返事を待たず、工房のドアが勢いよく開けられる。
――ッゴ!!
全力で開け放たれたドアが、床に倒れていたティンクの頭部に直撃する。
「――痛ったあぁぁ!!」
上に乗った俺を跳ね除け、頭を抑えて転げ回るティンク。一瞬首が良くない方向に曲がったように見えたが……大丈夫だろうか。
「……だから待ってって言ったのに……」
「お、おぉ? 何だ!?」
引き攣った顔でその場に立ち尽くす俺と、状況を掴めず唖然とする兄さん。
こうして俺のラッキースケベはあえなくお預けとなった。
※ティンク