06-10 一宿一飯の礼
「お2人共、お茶が入りましたよ！」
リビングからルルの声が聞こえてくる。
「あ、はーい！」
返事を返した後、すぐにティンクと小声で話し合う。
（なぁ、これどう思う？）
（どうって……未だに錬金術界隈では"賢者の石”の素材が“少女の純血”だって信じられてるんでしょ？ 被害者が若い女性ばかりで、遺体から血が抜かれたってなると……そりゃ疑われるでしょうね）
そう言って首を振るティンク。
（でも、ここに書かれてるレシピはその定説を真っ向から否定してるぞ）
（そりゃ私やあんたくらい知識があれば分かるけど、並の錬金術じゃこのレシピは理解出来ないでしょ。安直に、賢者の石の研究＝少女の純血＝八裂きジャックってなったんじゃなくて？）
（そんなバカな！ いい加減にも程があるだろ。連続殺人犯として逮捕するんだぞ！？ いくら何でも無茶苦茶だろ――）
そこまで言ってふと気づく。
普通ならあり得ないけれど――この国ではその無茶苦茶が平気でまかり通るんだ。
（もしこの件に貴族が関わってるとしたら……）
ティンクも同じ事に気づいたようで、コクリと頷く。
（それなりの証拠さえ揃ってれば、一庶民を強引に逮捕させる事くらい訳無さそうね――）
「――どうかしましたか？」
突然、研究室のドアが開きルルがやや不安そうに中を覗き込んで来た。
「あ、いや。ごめんごめん、色々と珍しくてつい。お父さん、中々凄い研究者だったんだなぁと思ってさ」
手に持っていたノートをそっと机の上に戻すと、何事も無かったように装いリビングへと戻る。
（さっきの話、ただの推測だからね）
そんな俺の様子を心配してか、後ろから小声でティンクが囁いてくる。
分かってるよ。
確信が持てない以上ルルには黙っておこう。
―――
リビングに戻ると、お茶とクッキーが用意されていた。
ほんのりと柑橘類を思わせるような爽やかなアイスティー。
モリノではあまり馴染みの無い味わいだけれど、暑い季節にはぴったりだ。
「へぇ。変わった香りのお茶ね。何て茶葉なの？」
ティンクが興味津々でルルに問いかける。
「キャンディといいます。ノウムではよく飲まれるお茶ですが……モリノには無いんですか？」
「見た事無いわ……。ねぇ、マグナス！ 大量に買って帰るわよ！」
「へいへい」
お茶の話で盛り上がるティンクとルル。
バターの効いたクッキーを頬張りながら、暫し2人のお喋りを静観する。
……
ひとしきり盛り上がった後、話がルルの父親の事に及んだのでここぞとばかりに割り込んでみる。
「――そう言えば……お父さんが逮捕された時の事、少し教えて貰えないかな」
「え、逮捕の時の……ですか？」
突然の申し出に戸惑うルル。
「あ、私達、錬金術屋の合間に便利屋みたいな事もしててね。色んな相談とか受けたりするから、もしかしたら何かルルの力にもなれないかなぁって話してたのよ」
すかさずフォローを入れてくれるティンク。
「そ、そうなんですか。すいません……お気を使って頂いて」
そう言って俯くルル。
ティンクの方を見てかすかに頭を下げ礼を伝えるが、顔を膨らませて睨まれた。
「……ある朝、何の前触れもなく警察の人が押しかけてきたんです」
机の上に置いた空のティーカップに視線を落としながらルルが話し始める。
「玄関で父と何やら口論した後、抵抗する父を押しのけて警官と……何だか研究者みたいな恰好をした人が家の中に押し入ってきたんです。それで、研究室の中を調べるなり父が犯人で間違いないと言い出して……」
なるほど。
研究者はおそらく捜査に協力した錬金術師だろう。
あのレシピが理解できない程の素人か、若しくは貴族から金を貰ってたか。
どちらにせよ同じ錬金術師として腹立たしい限りだ。
「でも、いくら研究内容に問題があったとしても、殺人の証拠が無いとさすがに逮捕は出来ないでしょ？」
俺が同業者への怒りを募らせている隣で、ティンクがルルに聞き返す。
「それが……警察の人が言うに、父の部屋から血痕が見つかったと。私も慌てて確認したのですが、確かにドアの陰に血の染み込んだ後がありました……」
「え！？ そんな――勿論覚えは無いんですよね？」
「もちろんです。私も父も全く覚えはありません！ 反論したのですが、父はそのまま連行されてしまい……後の調査でその血痕が被害者の女性の物と一致すると分かりました。それが決定的な証拠となってしまい……」
そこまで話して肩を落とすルル。
「――他に、最近何か変わった事は無かった？」
「……そう言えば、父が逮捕される何日か前男性が1人訪れて来ました。……我が家に来客なんて滅多に無いのもので」
「知らない人？」
「はい。夜遅くの事で……私は寝室に居て姿は見ていないのですが聞いた事の無い声でした。何か揉めていたようで、最後は怒鳴るようにして出て行ったようでした……。翌日父に尋ねたのですが、その事については何も話してくれなくて」
これまた随分と怪しいな。
どう考えても事件と絡んでそうだけれど……。
それ以外はあまり事件と関わるような話は無かった。
思い出しながら話すルルも辛そうなので、何か分かった事があれば連絡すると約束し事件の話は一旦終わりにする。
気を取り直し、夕飯の相談を始めるルルとティンク。
3人分となると食材が足りなかったようで、買い物に出かけるそうだ。
せっかくなので街の案内がてら女同士で出かけてくるとの事。
俺は遠慮して留守番させて貰う事にした。
静かになった室内で、ソファーに深く腰掛け考えを纏める。
ある金持ちが手に入れたという秘宝“賢者の石”。
それを狙う“怪盗キティー・キャット”。
ただその泥棒を捕まえに来ただけのはずなのに――随分とややこしい話になってきた。
突如として浮上した連続殺人鬼“八裂きジャック”
その殺人鬼は既に逮捕されており、正体はルルの父親……という事になっている。
そして、ルルの父親はルルの病気の治療の為、賢者の石を基礎にした治療薬の研究をしていた……と。
どう考えても一連の出来事は偶然とは思えないが……一般人にとっては賢者の石なんて聞いた事も無い代物だ。
当然その素材に関する噂なんて知りもしない。
逮捕された連続殺人鬼の話なんて遠に忘れ去られ、今は金持ちvsキティー・キャットの話題で持ち切りだ。
他人に罪を擦り付け、この街の何処かに身を潜めている本物の八裂きジャック。
頼まれた訳じゃないが、一宿一飯の礼だ。
『便利屋マクスウェル』がお前の悪事を暴いて、ルルの父親を助け出してやる。
