06-08 富む者飢える者
ルルに案内され、入り組んだ裏路地を何度も曲がりながら歩いて行く。
細い通りの両側には民家が密集して立ち並び、昼間だと言うのに薄暗い。
そこら中で洗濯物が干され、子供の物と思われるボールや人形が道端に転がっていたりとかなり庶民的な雰囲気。
洗練された大通りとは大違いだ。
「表通りと全然違ってびっくりしますよね？」
前を歩くルルが、こっちを振り向き立ち止まる。
「あ……うん。大通りは何ていうか、先進的な雰囲気だったから随分と発展した街だなぁとは思ってたけど……」
「あの辺は外から来た人達が集まる街の玄関口ですから。体裁を重んじるノウムの役人やお金持ち達が、こぞって投資して綺麗に整備したんです。一方で……庶民の暮らしは昔も今も変わらず厳しいままです」
そう言うと前を向いて再び歩き出す。
「確か、ノウムって昔から貴族が治めてる国なのよね？」
後ろを歩いていたティンクが俺を追い越して声をかける。
「はい。“共和国”だなんて表向きはうたってますが、実態は今も昔も貴族による貴族のための国です。貴族には今でも色んな特権があって……例えば税金が軽減されたり、各種公共サービスが無料で受けられたり。国の運営を賄う議会の役人は貴族出身者しかなれないし、罪を犯しても貴族だからという理由で減刑されたりする事もあります。この国にある富のうち9割を、人口のたった数パーセントの貴族が独占しているとも言われています」
口早に吐き捨てると、悔しそうに俯くルル。
……ルルには悪いけれど、まぁどこの街でも少なからずそういった話はあるもんだ。
モリノではカトレアのファンフォシル家を始め、街の発展に注力する事が貴族の責務であり自分達の富にも繋がる、と考える家が多い。
そのお陰で貴族と庶民の関係は比較的友好な方だとは聞くけれど……それでも時折利害を巡っての対立はあったりする。
ただ、ここまでの貧富の差は流石に無いな。
すれ違う人々に目をやると、煤や油に塗れた作業着姿が目立つ。
その表情は皆何処か疲れて陰鬱としている。
きっとノウムの高度成長は、過酷な労働環境下で働く庶民によって支えられてるんだろう。
「……マグナスさん達は“キティー・キャット”という人物をご存知ですか？」
「え？ あぁ……名前くらいは」
突然出たキティー・キャットの名に驚き、当たり障りの無い返事を返す。
「貴族は生まれながらにして貴族。庶民はどんなに頑張っても一生庶民。そんな不平等な環境で不満を募らせる人々の元に、突如として現れたのが――今話題になってる“怪盗キティー・キャット”なんです！」
そう言って、嬉しそうに笑顔を輝かせながら振り向くルル。
「へ、へぇ。街でよく名前を耳にすると思ったら、有名人なのね。……でも、どうして怪盗が庶民の味方なの？」
ティンクがそれとなく話を聞きだす。
「“泥棒猫”なんて呼ばれていますけど、キティー・キャットが狙うのは悪い事をしてお金儲けをした貴族の私財だけなんです。不当に賃金を中抜きしたり、軽減されている税金すら支払わない悪い貴族。悪事を働いている事が分かっていても、特権があるので警察ですら中々手出しが出来ないんです。そんな奴らから、本来庶民に還元されるべき金品を取り返して生活に困っている人々に配り歩く義賊！ それが“怪盗キティー・キャット”です！」
そう言ってルルは両手を腰に当て、自慢げに笑う。
まさか俺たちキティー・キャットを捕まえに来たとは思っていないようだ。
街中に溢れる冒険者を見れば分かりそうな気もするが……初めに錬金術師だと名乗ったせいだろうか。
これは中々に気まずい。
俺個人としては、いくら義賊とは言え犯罪者は犯罪者だと思うんだけれど。
ルルの隣で『余計な事言うんじゃないわよ』と睨みを利くせるティンクに免じ、ここは黙っておく事にする。
それからまた暫く歩き、裏路地の一角にある随分と年季の入った平家に辿り着いた。
「――着きました！ 狭い家ですけれど、今は私しか居ないので遠慮なく寛いでください！」
そう言ってルルが家の中へと招き入れてくれた。
―――
小さなキッチンが併設されたリビング。
広さはうちの工房と同じくらいだろうか。
奥にドアがいくつか見えるので、あと何部屋かあるらしい。
外見からは分からなかったけれど、結構広い建物のようだ。
「どうぞ、そこのソファーに座って休んで下さい。今お茶を淹れますので」
そう言ってパタパタと、何だか楽しそうにキッチンへと向かうルル。
さっきの様子からすると、凶悪犯罪者の娘になってからは、あまり人と関わらずに過ごしてきたんだろう。
もしかしたら人と会話をするのすら久々なのかも知れない。
見ず知らずの俺達を精一杯もてなそうとしてくれる、その楽しそうな様子が見ていて辛い。
せめて俺たちくらいは普通に接してあげよう。
ティンクも同じ事を思ったのか――いや、コイツはハナからそんな事は気にするタイプじゃないな。
ただ単に興味本心から家主の許可も得ず部屋の中をウロウロと見て回っている。
「凄い……本や薬品がいっぱい」
薬瓶の並んだ棚や、ぎっしりと本の詰まった本棚を眺めるティンク。
「ごめんなさい散らかってて。全部父の物なのですけど、ここ最近バタバタしてたもので全然片付けられてなくて」
お湯を沸かしながら申し訳なさそうにはにかむルル。
「え！？ 散らかってる！？ 全然！ むしろ相当綺麗な方だと思うけど！？」
驚いて目を丸くするティンク。
「そ、そうですか？？」
ティンクの言う通り。
もしこれが散らかっていると言う状態なのならば、うちの工房の惨状を見たらショックで卒倒するんじゃないだろうか。
本棚に収まり切らなかった書物が袖机やサイドボードの上にまで所狭しと置かれてはいるが、どこもしっかりと整頓されているように思う。
