01-04 麻の服ちゃん
(えっと、服を作るなら素材は――!)
付近にあった麻袋を手に取り、中に入っていた雑貨を机の上にばら撒く。
今は中身は必要ない。要るのはこの"麻布"だ。
棚にあった道具箱から"針"と"糸"を取り出す。
それと、床に転がっているさっき割ってしまった瓶の"ガラス片"を拾い上げる。
釜の中の水は煮えたぎったまま。
(――よし、直ぐに使えるな)
まずは麻布を放り込み"生地"の特性を定着させる。
そこにガラス片を追加し"断裂"の特性により形を分解。
状態が安定した所で、針と糸をそっと混ぜ込み"縫合"の特性で新たな形を成形。
最後に【麻の服】の魔法を発動させる!
すると、眩い光を放ち釜の中から飛び出して来たのは――
【ポーション】
(――って、何でだよっ!!)
仕上がったポーションを思わず床に叩きつける!
……しまった、つい勢いで。
――しかし、どうなってんだ?
薬の素材になるようなもんなんて一切入れてないのに、何でこんなめちゃくちゃな錬成に……
訳が分からず煮えたぎる釜を覗いて首を傾げていると――
床に飛び散ったポーションが不意に淡い閃光を放ち始める!
「な、何だ!?」
慌てる俺にはお構いなしに、どんどんと強くなる光。
立ち込める眩い光の粒が、まるで風に吹かれたタンポポの綿毛のようにフワッと舞い上がる。
その幻想的な光景に目を奪われていると、光の中から姿を現したのは――"麻の服"!
――を着た小さな女の子!?
光の中に立ち、クリクリとした大きな目で俺をじっと見つめている。
甘栗色のサラサラなショートボブの髪。
両手を後ろで組み、なんだか照れくさそうにモジモジとしているが……
……は? 何だこれは??
状況が全く飲み込めず唖然としていると、幼女がおどおどと話しかけて来た。
「あ、あの。お呼びでしょうか?」
「……い、いや。"麻の服"を錬成しようとしただけで、特に呼んでは……」
俄然と混乱する俺を見て、幼女は嬉しそうにはにかむ。
「そうですか! それならお望み通りですね」
その場でクルッと一回りすると、自身が着ている服の裾を引っ張って俺に見せる。
確かに、この子が着てる服は俺が錬成しようとした"麻の服"のイメージにぴったりだ。想定よりだいぶ小さいが……。
しかし、この幼女は何だ!? どこから出てきた!?
「……で、で? 君は?」
「見ての通り、"麻の服"です」
え、ええと。
ダメだ。意味が分からない。
会話が全然成り立たないぞ。
返す言葉が見つからず、これはどうしたものかと困っていると……
「その子は"麻の服"で間違いないわよ」
急に背後から声がして慌てて振り返る!
――さっきまで床に倒れていたはずの深紅の少女が、上体を起こしてじっとこっちを見ていた。
「あなた……マクスウェルーーじゃないわね」
俺が掛けておいた布を身体に巻きつけてはいるが、肩や足を出したままのあられもない姿で立ち上がろうとする少女。
「マ、マクスウェル?」
話の展開についていけず、言われた単語をただ反復して聞き返す。
「そう、"賢人マクスウェル"。あ、本名は……ラージー・ペンドライトだったかしら」
突然出て来たじいちゃんの名。
「ラージーはじいちゃんの名前だ。俺は孫のマグナス。マグナス・ペンドライト!」
「……孫?」
そう一言だけ呟くと、じっと俺の事を見つめる少女。
さっきは目を閉じていて分からなかったけど……髪と同じ色の深紅の瞳は、ルビーすらくすんで見えるような深く透き通った輝きを湛えている。
まるで夕日を閉じ込めたかのように情熱的で、けれどどこか物寂しさを含んだ……そんな目に思わず見とれてしまう。
「ふぅん……まぁ何となくそうじゃないかとは思ったけど。――マクスウェルから何も聞いてないのね?」
「な、何の事だよ?」
「……ううん、ならいいの。それなら私から余計な事は言わないわ」
何か納得したようにうんうんと頷くと、立ち上がり幼女の元へ歩いていく。
そして、その頭にポンと手を置くとこっちを振り返り話し出す。
「見ての通り、この子があなたの錬成しようとした"麻の服"よ。――ちなみにあなた、錬金術の知識は?」
じっと俺を見る深紅の少女。
冷静になってみると、そのちょっと高飛車な態度が鼻につく。
「……じいちゃんに習ったから基本的な事は一通り分かる! ……はず」
「なら、釜の"特性"の事は知ってるわよね? 熟練の錬金術師が使う錬金釜には術士の"特性"が色濃く反映される、っていう話」
「……あぁ」
「じゃあ話は早いわ。コレがあなたのお爺さんが遺した釜の"特性"よ。マクスウェルの釜は――錬成したアイテムが"擬人化"して生成される」
「……はぁぁ!?」
俺の驚きの叫びが工房内にこだまする。
……何だか今日はやたらと叫んでる気がするな。
―――
「だいたい理解できたかしら?」
「ま、まぁ理屈としては」
少女の話を聞きながら錬金術の基礎をおさらいする。
錬金術師にとって錬金釜とは、その研究成果の集大成だ。
熟練の錬金術師が100人居れば、そこには100通りの錬金術が存在し、100種類の錬金釜が有るとさえ言われる。
それ程までに錬金術というのは扱う術士の"特性"が色濃く反映される物な訳だ。
――とは言え、釜に現れる"特性"というのは、大抵が「炎の属性が付与される」とか「攻撃力が普通よりちょっと上がる」とかそんな程度の物が殆ど。
「アイテムが擬人化する」なんて摩訶不思議な"特性"は聞いた事も無い。
そこまで考えて、ふと気づく。
――待てよ、もしかしてじいちゃんが王宮を追放された"人体錬成"って……
「あ、あの。私はどうすれば?」
思考を巡らせているところに、不意に声を掛けられ我に返る。
見ると、黙って話を聞いていた"麻の服"がおずおずと話しかけてきていた。
「あ、ごめん。えっと、じゃあ……その麻の服、譲ってくれたりとかするの?」
「え、えぇ!? ど、どうしてもと仰るのならば……脱ぎますが」
頬を赤らめてモジモジと俯く幼女。
は? 脱ぐ? ……どいう事?
「この人でなし! 幼女を丸裸にして何させようってのよ!?」
何故か急に怒り出した深紅の少女に蹴り飛ばされる。
「痛ぇ! 何すんだよ!? え、その着てる服、俺にくれる訳じゃないの? じゃあその子、何の役に立つんだよ!?」
言われの無い罵倒に少々苛立ちながら聞き返す。
「ご、ごめんなさい! え、えっと。服をお渡しできなくても、例えばこう……寒い時はぴったりとくっついていれば少し暖かいですよ」
オドオドとしながらも、そう言って俺にピタリと抱きついてくる幼女。
ほんとだ。確かにちょっと暖かい。
「――って、それだったら普通に"麻の服"買ってくるわぃ!」
「ひーー、ごめんなさい!」
思わず声を荒げると、閃光に包まれそのまま幼女は姿を消してしまった。
「……え、何? 俺のせい!?」
慌てて深紅の少女に問いかける。
「違うわよ、時間切れ。術に込められた魔力が切れれば錬成された対象は消えるわ」
「はぁ!? ちょっと待て! 普通、錬成したアイテムは時間経過で消えたりしないだろ!? 錬金術は魔法じゃねぇんだ! ……てか、それじゃあ俺が釜に入れた素材はどうなるんだよ?」
「錬成したら素材は消えるに決まってるでしょ」
「……えぇーー!? 何の役にもたたねぇじゃん!」
――こうして俺の初めての錬金術は、素材ロストという結果で失敗に終わった。
いや、それとも一応成功なのか? これ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【ポーション】
薬瓶に入った回復系液体アイテムの総称。
体力を回復するなら"回復のポーション"、魔力回復なら"魔力のポーション"
種類が多く、錬金術士の特性が特に色濃く出る事から錬金術の基礎にして真髄と言われる。
【麻の服】
麻は通気性が良く吸水、吸湿性に優れるため夏場の衣料品の材料としてはぴったり。
丈夫でお値段も手ごろな事から冒険者の間でも人気が高い。
縮みやすくシワにもなりやすいので普段着使いする場合は洗濯に注意。
※麻の服ちゃん