05-04 ターゲット、ご来店です
「お待たせしました。これが“惚れ薬”です」
淡桃色の薬が入った小さな瓶をシェトラール姫に手渡す。
「へぇ……見たところ、普通の薬と変わりないわね。どうやって使うの？」
「飲み物や食べ物に混ぜて一定量を対象に摂取させてください。普通は何日にも渡り定期的に摂取させる必要がありますが、この薬は即効性があるのですぐに効き目が出ます」
惚れ薬さんから聞いた説明をそのまま流用する。
「それは……凄いわね」
やや困惑した表情で薬を眺めるシェトラール姫。
いや、俺も聞いた時は胡散臭いと思ったけど、惚れ薬さんがそう言ってたんだから間違いはないんだろう。
「でも……食べ物に混ぜて、か」
姫様が、困り顔でボソリと呟く。
「どうかしましたか？」
「……キロス、食べ物には結構神経質なのよ。王宮では贔屓の料理人が作った物しか食べないし……こっそりと薬を仕込むとなると、中々難しいかも」
成る程。
錬金術師ともなると薬品の知識も豊富だ。
あいつ敵も多そうだから、場内の人間は信用してないって訳か。
「そうですか……。だったら、王宮の外に出て外食の時に仕掛けるとかはどうでしょう。ある程度お金さえ積めば、王宮の料理人を抱きこむよりはよりは難易度は低いと思いますけど」
「あ、あなた。中々悪どい事考えるわね」
ちょっと引いた顔で俺を見る姫様。
気まずくて、目を逸らしながら無言で笑顔を返す。
「……まぁ悪く無い案ではあるけど――そんな事してもし何かあったらお店の人に迷惑かかるでしょう」
ま、まぁそれもそうか。
人に薬を盛ろうとしてる人間に至極真っ当な事を言われても困る。
「うーん、しかし困りましたね。協力してくれる知り合いの店でもあれば良いんですが……」
「生憎そんな店は無わね……」
頭を悩ませながら、2人揃って腕組みをする。
そして――ほぼ同時にある事に気付く。
「――あるじゃん！」
「――あったわ！」
揃ってティンクの顔を見る俺達。
「――なに？ へ？ まさかウチ！？」
ティンクが目を見開いて驚く。
察しが良くて助かるぜ。
「私は嫌よ！ そんな怪しい薬をお客さんに盛るなんて！ ――てかなんでウチだったら迷惑かかってもいいみたいな雰囲気になってんのよ！？ 営業妨害で訴えるわよ！」
必死に断ろうとするティンク。
「お願い、ティンク！ 私を助けると思って！」
手を合わせて拝み倒すシェトラール姫。
「そうだぞ。これも顧客サービスだ」
さらに追い打ちをかける。
腕組みをしたまま黙って顔を背けるティンクだったが、頭を下げたまま動かないシェトラール姫を見てため息をつく。
「……わ、分かったわよ。その代わりもし何かあったらマグナスが責任取りなさいよね！」
「お、俺か……」
まぁ、俺が錬成したんだからな。それは仕方ない。
こうして、作戦はここ便利屋マクスウェルのカフェで決行される事になった。
――――
数日後――
シェトラール姫から手紙が届いた。
急だが、今日の午後キロスを連れて店を訪れるとの事だった。
慌てて店を貸切にする。
姫様が御忍びで来ると言うんだ。貸切になってても違和感は無いだろう。
昼過ぎ。
予定通り、キロスを連れてシェトラール姫がやってきた。
相変わらず豪華な馬車で、今日はお付きの兵士を2人も外に立たせて店に入ってくる。
相変わらず忍の下手だな。
「いらっしゃいませ」
深々と頭を下げて出迎えるティンク。
「――へぇ。姫様が、最近気に入っている店に僕を連れて行きたいとか言うから試しに来てみれば――まさかこの店だとはねぇ。また会えて嬉しいよ、ティンクちゃん」
シェトラール姫を差し置いて、早速カウンターでティンクを口説き始めるキロス。
「この間は大衆の面前で随分とコケにしてくれたじゃないか。……けどね、僕は君みたいに気の強い娘は嫌いじゃないんだ。別に怒ってないからさ、今度改めて一緒に食事にでも行かないかい？」
相変わらずこの男は――。
傍を見ると、シェトラール姫は唇を噛み締めて黙って俯いている。
「あの！ うちの従業員をナンパしないで貰えますか」
ティンクの事はさておき、シェトラール姫がいたたまれなくて思わず横から口を挟む。
「おや。客に向かって随分と無礼だな。――君が噂の錬金術師、マグナス君かい？ はじめまして」
そう言って憎たらしい笑みを浮かべるキロス。
白々しい……店をゴロツキに襲わせたんだから知ってるだろ。
その件について問いただしてやりたい所だけど、今日の本題はそれじゃない。
「はじめまして。偉大な宮廷錬金術師様にお会いできるなんて光栄です。もしよろしければ錬金術についてご鞭撻賜りたい所ですが……」
奴の挑発には乗らず話を合わせる。
「ふん、随分と図々しいね。僕の教えを請いたい錬金術師が宮廷内にどれ程居ると思ってるんだい。もし、本気で僕に教えを請いたければ、まずは王宮入りを目指すんだね」
この野郎……。
誰がお前になんか習うよ。
俺の師匠は伝説の錬金術師"賢人マクスウェル"だぞ。お前なんかと格が違うわ！
作り笑いが引きつっているのが自分でも分かる。
けれど、あと少し、我慢我慢……。
俺がキロスを引き付けているうちに、ティンクが用意したお茶にシェトラール姫が惚れ薬を垂らす。
淡く桃色に輝く水滴がコップの水面を揺らしたのがこっちからも見えた。
「――キロス、その辺にしましょ。冷めないうちに頂くわよ。ティンクの淹れるお茶は格別なんだから」
「おっと……それじゃあ頂きますか」
フイと俺から顔を背けると、シェトラール姫の方へ向き直るキロス。
カップを手に取りそっと口元に口に近づける。
よし、行けるか――！？
