01-02 じいちゃんの置き土産
昼食を終えると、真っ先に工房へと向かう。
裏庭を抜けた先にあるちょっとした森。
この森一帯はペンドライト家の領地だ。
静かな森を歩きながら、昔父さんに聞いた話を思い出す。
――うちのじいちゃん、若い頃から錬金術の才能は飛びぬけた物があったそうだ。
特級錬金術師の称号を史上最年少で獲得した記録は未だに塗り替えられていない。
そんな手腕が当時の国王の耳に留まり、若くして宮廷錬金術師に大抜擢!
当時は各地で戦争や紛争が絶えなかった時代。
錬金術師は軍事物資を調達するために大変重宝されたそうだ。
後の歴史研究家達も口を揃えて“奇跡”としか言い得ない程の連戦連勝を重ねた我が"モリノ王国"。
功労者である兵士や錬金術師には国から多大な褒章が与えられた。
じいちゃんも"賢人マクスウェル"の称号と共に多くの褒美を得たそうだ。
聞いた話によると一代でペンドライト家の財産と領地は倍以上にまで膨れ上がったらしい。
……けれど、そんな栄光も長くは続かなかった。
戦争が下火になり国が軍事縮小へと方針転換をした途端、今度は抱え込み過ぎた兵士や錬金術師が邪魔になったんだ。
じいちゃんも例外なくその煽りを受ける。
あろう事か『国家予算を秘密裏に使い込み、禁忌とされる"人体錬成"の実験を行った』と、言われの無い罪を着せられ王宮を追放されたのだった。
財産も没収、ペンドライト家の名は地に落ちる事となる……。
まぁ、王宮を追放された後もどうにかこうにか上手くやりくりはしていたようで、一家が路頭に迷う事態は免れたみたいだ。
当のじいちゃんは、王宮を離れてからは隠居を決め込み裏庭の森に建てた小さな小屋に引きこもる。
たった一人、家族以外とは殆ど誰とも会おうとせず、細々と錬金術の研究に明け暮れて余生を過ごしたのだった。
"賢人マクスウェル"の名も錬金術界隈で語られなくなって久しい。
――
……そんな話を思い出しながら歩いていると、森の中の少し開けた場所に小屋が見えてきた。
じいちゃんの“工房”だ。
小屋と言っても、煉瓦造りの割としっかりとした建物。
錬金術師には欠かせない竈は勿論のこと、風呂や寝床も完備している。
脇には畑もあるし、裏には綺麗な水が絶えず流れる小川もある。
錬金術の研究には最高の環境だ。
「さて……と」
玄関に立ちドアノブに手を掛ける。
……ドアはしっかりと施錠されていてピクリともしない。
(うん、戸締りは大丈夫みたいだな。じゃ鍵を……と)
ポケットから鍵を取り出す。
黄金に輝く小さな鍵を鍵穴へ差し込もうとした、その瞬間――
鍵穴を中心に建物の外壁を這うように、一筋の光の波紋が走った。
「え……?」
薄いガラスが割れるようなパキパキという音が鳴り響き、小屋全体から光る破片のような物が飛び散って――すぐさま消えた。
「な、なんだ??」
一瞬の出来事に驚いて辺りを見回すけれど、特段変わった様子はない。
建物の窓ガラスにもヒビ1つ入ってはいない。
(何か割れたような気がしたけど……気のせいか?)
気を取り直して再び鍵を開けようとし――さっきまでしっかりとキーヘッドに結いつけられていたはずの朱色のリボンが、切れて地面に落ちている事に気が付いた。
(あれ、おかしいな。さっきまで何ともなかったのに……。ま、いいか)
古い物だから、そんな事もあるだろう。
リボンを拾うと、特に気にする事もなくポケットに仕舞い込んだ。
今度こそ。
鍵穴に鍵を差し込み時計回りに回す。
――カチリと心地よい金属音を立て鍵が開いた。
どっしりとした木戸を開け中に入る。
(……久しぶりだな)
窓から明るい陽光が差し込む室内。
中央に置かれた大きなテーブルには、本やスクロールが開かれたまま乱雑に積み上げられている。
壁際の本棚には古今東西から集められた貴重な書物がズラリ。
戸棚には何に使うのか分からない薬品や植物が綺麗に整頓して並べてある。
部屋の一番奥へと目を向けると、小石を切り出して作った土間とそこに設置された立派な竈と"錬金釜"
どれもこれも見慣れた光景だ。
毎日のように遊びに来ていたあの頃と何一つ変わらない。
ただ唯一違うのは――絶える事無く火が灯っていた竈。その前に立っていつも優しい笑顔で迎えてくれたじいちゃんだけが、そこには居なかった。
思わず涙が込み上げてくる。
葬儀の時は人前ってこともあってかそれ程涙は出なかった。
けれどこうして改めてじいちゃんが居なくなった事を実感すると、堪える事も出来ず止めどなく涙が溢れてきた。
―――
(……いつまで泣いてんだ俺。じいちゃんが見たら笑われるぞ)
一頻り泣くと幾分か気分が落ち着き、逆に少し恥ずかしくなって来る。
いかんな、情緒不安定か。
気を取り直して部屋の中へと歩みを進める。
――工房を受け継いだからにはまず真っ先にやらなければいけない事がある。
じいちゃんが俺にこの工房を託した“理由”。
錬金術に興味が無い他の家族は工房に殆ど近寄りもしなかった。
だから俺とじいちゃんだけが知っている“秘密”。
――この工房には、じいちゃんが俺に託した宝物が隠されている。
"賢人マクスウェル"が古今東西を巡り長年かけて集めた『禁断の書物』
生前、じいちゃんはいずれそれらを俺に託すと約束してくれた。
――その約束を果たす時が来たのだ!!
部屋の隅にある机の前に立つ。
机の下の隙間に手を入れてゴソゴソと確認すると……あった!
隠されていた小さな銀色の鍵を拾い上げ、鍵の掛かった一番下の引き出しを開ける。
緊張で呼吸が荒くなっているのが自分でも分かる。
手の震えをどうにか抑え、恐る恐る中を確認する。
(――無事か!? どうか無事でいてくれ……!)
引き出しの中には、薄い本がぎっしりと詰め込まれていた。
(あった!! 良かった、無事だ!)
本を1冊ずつ慎重に取り出し、陽光に照らし確認する。
『ネコ耳っ子春画集①〜⑤』
『昼下がりのハーフエルフ』
『くっころ女騎士はオークに屈す』
その他、沢山の貴重な蔵書たち!!
じいちゃんが、いずれ俺に継がせると言ってくれたお宝!
つまるところ、エッチな本のコレクションだ!
内容がマニアック過ぎてとても人様にお見せできない物もあるが、品質はどれも素晴らしい!
ありがとう、じいちゃん!!
おれ、じいちゃんの孫で良かった!
今、心からそう思うよ!!!