04-01 ティンクの持ち物
「マグナスー！ こっちこっち！ これも買いましょ！」
バザーの人混みの中、元気よく手を振るティンク。
今日は朝から王都へ買い出しに来ている訳だ。
カトレアさんが紹介してくれたお客さんのお陰で暫く忙しい日が続いていたが、この頃はパタリと依頼も減って再び暇な日が続いていた。
まぁ、錬金術を頼りたいような困り事なんて早々頻繁に起こるはずもなく、物珍しさの様子見でやってきたお客さんが一周したと言う所だろう。
錬金術に関係の無い依頼ばっかりだったとは言え、俺の涙ぐましい努力やちびっ子達の助力のお陰もありお客さんは皆それなりに満足して貰えた様子。
頻繁なリピートは期待できないものの、気長に待てばそのうち本格的な依頼も期待出来るかもしれない。
そこそこの纏まった収入もあった事だし、ここいらで森で取れる素材以外も揃えておこうって算段だ。
流石王都。錬金術の素材ばかりを専門的に扱う店もあるけれど、やっぱり専門店の素材は質が良い半面値段が張って纏まった量を揃えるのは中々厳しい。
量が肝心のうちの場合、バザーなどで大量に仕入れるのが得策だろうと言う事で――市民の台所。
連日多くの人で賑わう王都のバザーへとやってきた訳だ。
「勝手に行くなって言ってんだろ。迷子になっても知んねぇぞ」
人混みをかき分けてやっとの思いでティンクに追いつく。
「なによ、これだから田舎育ちは。人混みに慣れてなくて困るわ」
「荷物、俺が全部持ってるから重いんだよ！」
両手に持った大量の荷物をドサリと地面に置いてみせる。
そんないつも通りの小競り合いしてると……
「お、そこの兄ちゃん。エライべっぴんさん連れてるじゃないか！」
威勢の良い店員さんに呼び止められる。
「……え？ 俺ですか？」
勢いに釣られて思わず足を止めて振り向く。
「そりゃそうよ！ そんな美人さん、王都でも中々お目にかかれないぜ。――どうだ兄ちゃん！ べっぴんさんをより輝かせるアクセサリーなんかが揃ってるぜ。見て行きなよ！」
勧められるがまま、店頭を見ると……宝飾品屋だろうか。
机に並べられた綺麗な銀細工やガラス細工が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
値段は……そんなに高くない。
価格からして、メッキで作られた日用品の類だろう。
ふと見ると、いつの間にか隣に戻ってきていたティンクが赤いガラスをあしらった蝶の髪留めを手に取って、それとなく眺めている。
「お、そいつなんかお嬢さんの紅い髪によく似合うんじゃないか？」
「ん？ 欲しいんだったら買ってこうか？ 値段もそんなに高くないし」
髪留めを太陽にかざして見るティンク。
キラキラとした赤い光が白い頬に綺麗な影を落とす。
けれど、ふと笑うと髪留めをそっとテーブルに戻してしまう。
「マグナス、あんた私が何だか忘れてないわよね。……“物”が“物”を持つなんて。――バカバカしい」
そう言って、そそくさと歩いて行ってしまった。
そう言えば……ティンクの奴、カフェの売り上げは、仕入れに必要な分以外は全て生活費に回してたな。
最近は便利屋の方もそれなりの収入になってきたから、そっちはそっちで好きに使えばいいって言ってるのに……。
特に欲しい物は無い、とか言って、自分の“持ち物”はじいちゃんから贈られた服だけ。
それと生活必需品以外は何も持っていなかった事に今気づいた。
「……すまねぇ、兄ちゃん。俺、何か不味いこと言ったか？」
バツが悪そうに頭を掻く店主。
「いや……悪いのは俺の方だな」
―――
バザーを抜けると、橋の上から小川を眺めているティンクが見えた。
あんなに綺麗な赤髪は中々居ないからすぐに分かる。
「悪い、待たせたな」
「遅っい！ 何してた――」
ティンクの髪に、買ってきた髪留めを付ける。
「……何よこれ？」
「いや、何って。いつも世話になってるからたまにはプレゼント……とか思って」
「だから言ってるでしょ？ 私が何なのか忘れたの？」
「別に、俺お前の事“物”だなんて思ったこと一回も無いけど」
「――！ な、何よ！ さ、……最近お客さんも減ってきてるのに、こんな無駄遣いしてる余裕あるの？」
――！
せっかくの人の好意を“無駄”とか言うか？
ホント口の減らない奴だ。
少しムッとして言い返してしまう。
「……あー。確かに無駄遣いだな。お前が笑顔のひとつでも見せてくれりゃそれで良いかと思っただけなのに。要らなきゃ川にでも捨ててくれ」
そう言って先に歩き出す。
……が、不意に手を握られてすぐに引き止められる。
驚いて振り返ると、俺が適当に付けた髪飾りをしっかりと付け直しているティンク。
「べ、別に無駄ってそんな意味で言った訳じゃないから！ 捨てる程の事じゃないわよ。結構可愛いと思うし……」
目をキョロキョロさせながら、早口で口籠るティンク。
「そ、その……。ありがとう」
笑顔こそ見せないものの、顔を赤くして下を向く。
はうぅぅ。
いつも家に居るもんだからすっかり忘れてたが、改めて見ると、やっぱりめちゃくちゃ可愛いぞこいつ！？
いかん、なに今更手を握られてドキドキなんかしてんだ！？
落ち着け俺。こいつはただの同居人。
口は悪いし、性格も荒い。
家事は意外と出来るし料理も上手いし……あれ？ 意外といい嫁になりそうじゃないか？
な、何の話だ！？
照れ臭くなって、握られた手をそっと振り解いてさっさと歩き出す。
振り返ると、ティンクがにんまりと笑いながらついてくる。
な、なんだよ！？
からかってんのか、本当に嬉しいのかどっちだよ！？
そんなこと聞ける訳もなく、賑やかなバザーを無言で後にする。
