03-04 カフェの常連客がやたらと凄い
薬を持って店に戻ると、ティンクがお客さんとお茶を飲みながら世間話に花を咲かせていた。
「あ、マグナス！ ちょっと聞いてよ！ 話に出てきた王宮錬金術師、聞けば効く程胡散臭い奴なのよー！！ 引き受ける依頼は若い女性のものばっかりだし、しかもいざ顔を合わせれば依頼とは関係無い個人的な事ばっかり聞かれるんだって！ ねぇ、絶対おかしいわよね！？ 女の敵！ 許せない！！」
興奮してバンバンと机を叩くティンク。
「分かった分かった。後から聞くから、先に仕事な。――お待たせしました、こちらがお薬です」
盛り上がるティンクをどうにかなだめ、女性に新しい万能薬を手渡す。
「毎食後に1錠飲んでください。それと、天気の良い日は1日15分で良いので日光に当たるようにしてください」
「に、日光ですか？」
「はい。おそらくあなたの症状は“光元素マナ欠乏症”という状態異常の一種です」
「じ、状態異常？ 病気とは違うのですか？」
「まぁ、厳密な線引きは難しいですけど……とにかくそれで1週間程様子を見てください」
「……わ、分かりました、とりあえずお薬と一緒に試してみます」
そう言って女性は薬を鞄へと仕舞う。
「あの、それでお代は……」
「お代！？ あ、えーと、ちょっと待ってください！」
しまった！
突然の事で料金は全然考えてなかった。
今回、使った素材は貰った万能薬と森で取って来た薬草類だけだから……元値はゼロだな。
仮に街の道具屋で仕入れた場合の材料費をベースに計算すると――う〜ん、3倍量となるとやっぱりそれなりの金額になるな……。
恐る恐る金額を伝える。
「に、2700コールです」
「2700！？」
女性が驚きの声を上げる。
「え、えっ！？ 高過ぎですか！？」
「い、いえ。王宮錬金術師様の場合、面談と薬代を合わせて50000コールだったので……」
ご、5万！？
仙人草とか高級な素材を使ってるとは言え、いくらなんでも高すぎるだろ！？
絶句して固まっていると、女性の方から心配そうに声をかけてきた。
「あの、失礼ですが……このお値段でちゃんと儲けは出るのですか？」
「え、えぇ。今回重要な素材は元のお薬に殆ど含まれてましたので。こちらで追加した材料の値段だけで大丈夫 ……あ！ しまった、これだと俺の技術料が入ってない！」
とはいえ、自分の仕事に自分で値段を付けるというのは中々難しい。
どうやって決めればいいんだ……？
悩む俺を見て、女性は思わず笑い出す。
「あはは……ゴホゴホ。ごめんなさい。――では、さっきのは聞かなかったことにしますので、改めてお代を教えて頂けますか？」
「いやー、一度金額を提示しちゃった以上、今更は言いづらいなぁ。――あ、それじゃあ！ 今回は初回サービスってことでさっきの値段にさせてください。その代わり……ちゃんと薬が効いたらウチの事、ご友人なんかに勧めて貰えませんか！？」
「え、それは構いませんけど……本当にそれでよろしいのですか？」
「はい！ ――あ、もし薬が効かなかったらその時は遠慮なく言って下さいね！ 何度でも調合し直しますんで！」
「――分かりました！ 帰ったら早速お薬試してみますね！」
お代を払い終えると、女性は嬉しそうに出口へ向かう。
「じゃあねー！ カトレア！ 今度また遊びに来てよね！」
ティンクが手を振ると、去り際に振り返りニッコリと手を振り返す。
「……カトレア？」
「えぇ。あの子の名前よ。カトレア・ファンフォシルって言うんだって。可愛い名前よね」
「……ファンフォシル？ ――って！ お前、ファンフォシルったらこの辺で一番の大貴族じゃねぇか！！ 何で名家のお嬢様がこんな所に居るんだよ！？」
「え？ そうなの？ 何かずっとお屋敷に幽閉状態だったけど、最近やっと自由に出る事が出来る様になったそうよ。お忍びで来たんだって。大変ねぇ〜」
これはまた……。
まさか初めてのお客さんがそんな大物になろうとは――思いもしなかった。
―――
それから数日後――
「それでね！ マグナスさんに頂いたお薬が凄いんですよ！ あれだけしつこかった咳が嘘みたいにピタリと止まったんですから！！」
「へぇー。あいつ本当に錬金術師だったんだなぁ」
「それは何とも頼もしいではありませんか」
「まぁ、錬金術だけが取り柄みたいなもんだからねぇ」
店のカウンターでぐったりと項垂れる俺を尻目に、お客さんで盛り上がるティンクのカフェ。
テーブルを囲むのは――
ティンク。
カトレアさん。
もはや常連となった元盗賊のシュー。
それに、剣帝グレイラットまで居る。
ティンクが店を開いたと聞きつけて、昔話をしに来たそうだ。
お互いに殆ど初代面だってのに、よくここまで盛り上がるもんだな。
まぁ話の中心で盛り上げてるティンクの手腕か。
そんな事よりも……。
何なんだ、ここ最近のこの忙しさは！？
つい数日前まで便利屋の方は客なんてゼロだったのに、突然の千客万来。
しかもお客さんは貴族のお嬢さんばかりときたもんだ。
「……あ、あのすいませんカトレアさん。もしかして約束通り店の宣伝とかしてくれたんですか？」
「あ、ごめんなさい。宣伝のやり方が分からなくてまだ何も……。ただ、マグナスさん達が丁寧にお話を聞いてくださった事や、頂いたお薬が凄く効いたのが嬉しくて、お茶友達に色々とお話はしましたが……それだけです」
そ、それか！
「あ、ありがとうございます。充分です。宣伝の事はこれで忘れてください」
「えっ、宜しいんですか！？ 何でしたらじいやにお願いして大々的に広告を撒こうかと思っていたのですが……」
「いえ、大丈夫です！」
これ以上客が増えたら過労死する……。
せっかく貰った仕事に文句を付けるのはいかがな物かと思うが……お嬢様方が持ってくる依頼は、猫の相手や庭木の手入れ、荷物の運搬など肉体労働がメイン。
とても1人じゃこなせないので、麻の服ちゃんと木の盾ちゃんに手伝って貰いどうにかマンパワーで解決しているが……それでもかなりキツイ。
まぁ、便利屋っぽいと言えばぽいのだけれど……3人共、もう限界だ。
……今日は店は休みにしよう。
そう心に決め、こっそりと外に出て看板を『close』に裏返す。
店内に戻り盛り上がるカフェに目をやる。
……しかしまぁ何だこの面子は。
アイテム、大貴族、元盗賊、剣帝。
何だかとんでもない常連が付いたもんだ。
