03-02 医者の薬と万能薬
お客さんを奥へと通し、カウンターに備え付けられた椅子に腰掛けてもらう。
言われるがまま椅子に座りつつ、棚に並べられた薬品や乾燥させたハーブ類を珍しそうに見渡す女性。
ティンクが暖かいお茶をお出しする。
錬金術屋に来てくれたお客さんには無料サービスだ。
「それで、何かお困りごとでしょうか？」
真新しいノートを開き、筆ペンを手に質問する。
「あ、はい。実は、ひと月程前から軽い咳が止まらなくて……」
……ん？ 咳？
「あ、あの、申し訳ないですけれど、そういうのは病院に行かれた方が……」
「もちろん病院には行きました！ 町医者から王都の大きな病院まで、何件も回ったのですが……“季節の変わり目によくある症状だから、しばらく安静にしていれば止まる”と言って咳止めを処方されるだけで、結局原因は分からず仕舞い。医者ではお手上げという事なんです……」
そう言ってコホコホと乾いた咳をし、お茶を飲む女性。
……どうやら薬は効いてないみたいだな。
「そうですか……。確かに錬金術のアイテムにも薬の類は沢山ありますが……咳に効く薬かぁ」
そんなに沢山のレシピを知っているわけではないが、少なくとも俺の知る中に"咳止めの薬"なんてものは無かったはずだ。
「実は、錬金術屋さんも何件か回ったんです。お父様の知り合いに高名な王宮錬金術師様がおいでて、その方が"万能薬"を調合して下さったのですが……」
そう言って半紙に包まれた丸薬をカウンターの上に置く。
――"万能薬"か。
確かに錬金術の中では一般的にも有名なアイテムだ。
万病に効く霊薬……だとか勘違いされがちだが、本来は毒や痺れ、衰弱など魔物との戦闘で受ける"状態異常"の解除に使う薬だ。
決して風邪などの"病気"用ではない。
とは言え、万能薬が病気に一切効果が無いのかと言うと、実はそうとも言い切れない。
病気と状態異常では、その原因や仕組みに違いはあるものの体に現れる症状としては似通った部分もある。
たまたま症状と効能が一致し、医者の薬では治らなかった病気が万能薬で治った何てことが稀に起ったりする。
そんな事があるんで、いつしか一般市民の間では"医者に見放された患者が最後に縋るのが錬金術"みたいなオカルトじみた扱いになってしまっている。
「……それで、どうでした？ その"万能薬"の効き目は」
「確かに最初は少しずつ良くなっているような気がしたんです。けれどそれも一時の事でした。その後も色々な錬金術屋さんに相談してみたのですが『王宮錬金術師の薬を超えられるような物はウチでは出せない』と、どこも取り合って貰えませんでした」
「なるほど……」
医者の薬と違って、錬金術では生成されるアイテムの質に術士の腕が大きく影響する。
"万能薬"も例外ではなく、投入する追加素材の種類や量、込める魔力の量なんかで効能に大きく差が出る。
王宮錬金術師の腕をもってして無理だったものを、町の錬金術屋でなんとかしろと言われてもどだい無理という話だろう。
ゴホゴホ……
苦しそうに咳き込み、出されたお茶をグッと飲む女性。
「――分かりました！ 出来るかどうかは分かりませんが、やれるだけの事はやってみます。少し待っていて貰えますか」
「え、診て頂けるんですか！？ ありがとうございます！」
女性は両手を合わせ嬉しそうに目を輝かせる。
どこに行っても断られ続け、さぞ不安だったんだろう。
「今準備してきますんで、お茶でも飲みながは少し待ってて貰えますか」
そう言って一旦裏の工房へと下がる。
……最初の依頼がいきなり内服薬の調合か。
薬の調合は錬金術の初歩と言えば初歩だけれど、武器やアイテムと違って直接体内に取り入れる物だけにかなり神経を使う……。
まぁうちの錬金術の場合、とりあえず“聞いて”みるだけでも良いしな！
いっちょやってみますか！
なにせ、飽きる程通った薬草採取のお陰で、薬の素材はふんだんに揃っている。
何はともあれまずは竈に火を焚べる。
作るレシピは【万能薬】
材料は……
・薬草 特性“回復”
・毒消草 特性“解毒”
・キラーペッパー 特性“気付け”
・クリアミント 特性“痺れ直し”
使うのはどれも回復系の素材ばかり。
それぞれに満月草と混ぜ合わせれば【解毒薬】や【気付け薬】なんかが出来上がる。
けれど、そんな沢山の薬を1つ1つ持ち歩くのも大変なので、効能を一纏めにしてぎゅーっと圧縮してしまおう、というのが【万能薬】だ。
ちなみに、これらの素材をただ釜にぶち込むだけだと確実に失敗する。
それぞれの特性が主張し合い効能を打ち消してしまうからだ。
そこで登場するのが――
・ヒャクヤクタケ 特性“効能融化”
こいつをベースにする事で、効能が打ち消し合わず溶け合うようになる。
乾燥させて戸棚にしまっておいたヒャクヤクタケを乳鉢ですり潰す。
均一な粉状になったら、水の温度が低いうちに釜へ投入！
水の色が一気に深い緑色へと変色する。
そこへ続けて薬草を投入し、紅火草で一気に温度を上げて行く。
その間薬研で他の材料たちを細かくすり潰す。
水が沸騰した頃を見計らい、効能の強い方から順に残りの素材を投入！
一混ぜした後に――【万能薬】のレシピを発動！！
釜が眩しい光を放ち、中から……深緑色のポーションが飛び出す！！
我ながら鮮やかな手際。
ここまでおよそ30分！
――30分！？
時計を見て驚いた。
めっちゃお客さん待たしてんじゃねぇか！
慌ててポーションを床へ撒く。
頼む――上手く行ってくれ！
祈るような気持ちで、いや、実際に手を合わせ拝んでいると……
床から淡い光が立ち込めてきて、深緑色の長い髪をしたお姉さんが現れた！
髪はロングソードさんよりもさらに長く、床に届きそうなくらい。
どこか儚げな雰囲気を漂わせる薄水色の瞳は、そこはかとない神秘的な輝きを内包している。
「こんにちは。……あら、新しい主様は随分と可愛らしいのね」
そう言って優しく笑う“万能薬”さん。
ここまで錬成したアイテムさん達は、割と気が強いというか凛々しい人ばっかりだったので、おっとりとしたその雰囲気になんだか癒される。
……いやいや、そんな事を言ってる場合じゃない！
「俺、マクスウェルの孫のマグナスって言います！ 助けて欲しい事があるんです！ お願い出来ますか？」
「ええ、勿論。その為に出てきたんだもの。何でも聞いて、小さな"マクスウェル"さん」
再び優しい笑みを浮かべる万能薬さん。
その天使のような微笑みについつい見入ってしまう。
万能薬さん……存在自体が万能薬かよっ！！
◇◇◇◇◇◇◇◇
【万能薬】
毒や麻痺、混乱や最弱など複数の状態異常を纏めて治療出来る心強い回復薬。
その効能が転じてか、一般的な体調不良にも効くと噂される事がしばしばある。
病は気からで、本当に病気が改善する事も珍しくはないが……病気は病院へ行きましょう。
※万能薬さん
