03-01 初めてのお客さん
「だぁぁ!」
「いいぞ、その意気だ!」
俺が全力で繰り出した袈裟斬りを軽く受け流しながら、素早いステップで間合いを取り直すロングソードさん。
息が切れるのを我慢してすかさず追撃を加えるが、それもあっさりと受け止められてしまう。
こうして剣を振るうのは、小さな頃に兄さんと剣術道場に通わされた時以来だろうか。
貴族の嗜みという事で基礎だけは教わったけれど、俺はどうも興味が持てず、母さんに泣きついて直ぐに辞めた。
とはいえ……森での一件を受け、俺もさすがに最低限の剣術くらいは身につけておこうと思い、最近はこうしてたまにロングソードさんに稽古をつけて貰っている。
「うむ、太刀筋は悪くないが、踏み込みがまだまだ甘いな。相手の攻撃を怖がっている証拠だ。まぁ、その辺りは鍛錬を積めば自然と身に付いて来るだろう。次回まで素振りを忘れずにな」
「はい! ありがとうございました!」
「ではこれで失礼する」
薄らと微笑むと、光と共に消えるロングソードさん。
主従関係では一応俺が主人ではあるが、剣術においては師匠と弟子だ。
ロングソードさんに向かいしっかりと頭を下げて礼をする。
――ロングソードさんの授業料は高い。
出てきてくれる時間はせいぜい20分程。
その間に話を聞いて、実践して、なので中々じっくり稽古とは行かない。
……最近分かった事がある。
アイテムさん達の出現時間はある程度伸ばす事が出来る。
注ぎ込む魔力の量を上げるか、材料を上乗せするか、錬金術の腕を磨き魔力を効率よく伝えられるようにするか。
つまり、“金”か“魔力”か“錬金術の腕”
この3つが出来を左右する訳だが……今の俺にはその全部がまだまだ足りていない。
残念ながら俺に魔術の才能は無いので魔力量は期待できない。
錬金術の腕は時間を掛けて伸ばしていくにしても……金に至ってはむしろどんどんマイナス方向へ向かっている。
つまり非常に不味い状況だ。
――便利屋のオープン以降、1日店を開け、2日素材採取に行くというローテーションを繰り返している。
つまり週の半分以上は森に居る訳だ。
客が来なくてやる事が無いとはいえ……そこいらの冒険者よりもせっせと冒険に出かけてるのでは、と我ながら思う。
ティンクは早々に森に飽きたようで、最近はカフェで留守番。
まぁ、俺とちびっ子2人でも特に問題なく採取には行ってこれるのだが……ちびっ子達の錬成もタダではない。
当然、材料を買いに行く必要があるんだけれど……近所の道具屋では、『いつも麻袋と木の板を大量に買っていく変な客』と噂になってるらしい。
姉ちゃんが心配していた。
まぁ、そんなこんなで素材だけは溜まっていく日々を送っていた。
――そんなある日。
今日は雨ということもあり、採取は休んで店に出る。
ティンクのカフェも、朝から来客が無くて暇そうだ。
「ねぇ、マグナス。お腹空いてない?」
退屈に耐えかねてカウンターに突っ伏していると、ティンクがケーキを持ってきてくれた。
「何だこれ? どしたんだ突然」
「お茶だけじゃ寂しいから今度から軽食も出してみようかなと思って。その試作。良かったら食べてみて」
ほぉ。
皿に乗せられたケーキをマジマジと観察する。
クリームで綺麗にデコレーションされたショートケーキ。
散りばめられた赤い小さな木の実がアクセントとなり可愛らしい。
ティンクさん、やる気が無いだけで実は家事能力が結構高い。
売上勝負の問題で、ここ最近の夕飯当番は俺で固定になっているが、日によっては朝食や昼飯を作ってくれる。
その出来栄えから察するに、料理の腕前は中々だ。
お菓子を作ってるのは見た事がないが、このケーキも少なくとも見た目は店で出すのに何の問題もないレベルだ。
ケーキをじっと見つめる俺を見て、不安になったのか慌ててブンブンと手を振るティンク。
「あ、あの、不味かったら捨てていいからね! まだ誰にも出した事ないから自信なくて。 その……なんていうか、最初はマグナスに食べて欲しくて」
そう言って顔を赤らめる。
こいつ――たまにこういう可愛い所あるよなぁ!
「お前がせっかく作ってくれたのに、捨てるなんてそんな勿体ない事するかよ! じゃ、遠慮なくいただきます!!」
ケーキをフォークで大きく切り取る。
スポンジの間からはフレッシュな赤いソースがトロリと流れ出す。木苺かなにかのソースだろうか。
ワクワクしながら思いっきり頬張る。
口全体に広がるクリームの芳醇な甘味。
それに続いて訪れる容赦のない辛味。
……辛味?
――激辛ぁぁぁっ!!
「ブホォーー!!」
思わずケーキを吐き出す。
「み、水、水!!」
「――やっぱりダメだったか」
のたうち回る俺を尻目に、残ったケーキをフォークでつつきつつ中身を確認するティンク。
「お、おま、これ、何なんだ!!?」
店に置いてあった聖水(魔除けのおまじない。非売品)をがぶ飲みしながらティンクに詰め寄る。
「え? キラーペッパーを使ったスパイシーケーキだけど?」
悪ぶれる様子もなく答えるティンク。
「お前、こんなもん店で出したら訴えられるぞ!!」
猛抗議する最中も、口から止めどなく涎が流れ出す。
「だからマグナスに最初に食べて欲しかったんじゃない。あー、やっぱり辛すぎかぁ」
「何でケーキに辛味の要素が必要なんだよ!!」
「差別化よ、差別化。ケーキ屋も個性で勝負する時代よー」
「個性が独特過ぎんだよ! てかお前自分で味見したのかよ!?」
力尽くでティンクの口にケーキをねじ込もうとするが、相変わらずの馬鹿力で断固拒否される。
そんな下らない小競り合いをしていると――
カランカラン
ドアの鐘が鳴り1人の女性が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか? お好きな席へどうぞ!」
ティンクが笑顔で出迎える。
つい今しがた、返り討ちにした俺に鬼の形相でケーキの残りを食べさせようとしてたくせに……さすがプロだ。
入ってきたのは20代半ばくらいの身なりの良い女性。
「あ、すいません。……あの、こちら錬金術の便利屋さん? ですよね? 表の看板に書いてあったので立ち寄ったのですが」
……。
「――マグナス!! お客さんよ!!」
「えっ、えぇ!? い、いらっしゃいませ!!」
突然の出来事に理解が追い付かず2人揃って一瞬フリーズしてしまう。
開店半月目にして、便利屋にはじめてのお客さんがやってきた!!




