01-01 受け継がれる意思
これは――どうしたもんか。
今、俺の目の前には――全裸の女性が転がっている。
一糸纏わぬ姿で、ピクリとも動かず床に横たわる赤髪の女性。
俺と彼女以外誰も居ない室内。
呆然と立ち尽くす俺。
……誰がどう見ても、事件現場である。
しかも結構凄惨なやつ。
もし俺が第三者の立場でこんな場面に遭遇したら、間髪入れず通報する。
――だがちょっと待って欲しい。
お願いだから騎士団へ通報とか早まった真似は辞めて頂きたい。
落ち着いて。
こんな事態になった経緯を整理しよう。
この状況、無論犯人は俺じゃない。
というかそもそもこれは事件でもない。
何処から話せば良いか……
そうだ、始まりは――
じいちゃんが死んだ。
……いや、だから通報はもうちょっと待ってください!
別にこれも事件性はありません。
俺のじいちゃん、“ラージー・ペンドライト”
享年89歳。
男性の平均寿命が75歳前後のこの世の中ではかなりの大往生だった。
最期に体調を崩し寝込む直前まで、大好きな“錬金術”のみにひたすら情熱を注ぎ過ごした生涯。
人々から尊敬の念を込めこう呼ばれていた時期もあったそうだ。
偉大なる錬金術師“賢人マクスウェル”
そして、その孫に当たるのが、この俺
“マグナス・ペンドライト”
その俺がどうしてこんな目に遭っているのか!?
話はおよそ半日前に遡る――……
―――――
「――マグナス。お前、本気で言っているのか?」
兄の冷徹な声が大広間に響き渡る。
じいちゃんが亡くなった後、葬式やら何やらで暫く慌ただしい日々が続いていた。
それもようやくひと段落し、今日は遺産分配についての家族会議だ。
「……本気で言っているのかと聞いている。よく考えた上でもう一度言ってみろ」
ペンドライト家の長男である兄の鋭い視線が、末弟の俺に容赦なく突き刺さる。
「……お、お願いです。他の物は一切要らないので、じいちゃんの錬金術工房だけは俺に譲ってください」
――我がペンドライト家は、小さいながらも貴族の家系。
地方の弱小貴族とは言え、遺産配分の話ともなるとそれなりに揉め事も出てくる。
未だに古いしきたりの残る貴族の家系では、生まれた順番が全て。本人の才能や人徳などは関係ない。
父や兄が白と言えば白、黒と言えば黒になる。末弟になど家の事を決める権利はこれっぽちも無いのだ。
そんな話は他所の家の跡取騒動で何度も耳にして知っている。
特に当主の代替わりなど、家庭内の権力バランスが大きく変わる時は注意が必要だそうだ。前の当主が贔屓にしていた人物が、後ろ盾を失った途端遺族から邪険にされるというのも珍しい話ではない。
じいちゃんのお気に入りだった俺なんかは正にその立場だろう……。
ダンッ!!
威嚇するように、兄が思いっきり机を叩く。
その音に驚き、思わず肩を丸める。
「いいかマグナス!」
俺の目をじっと見据えて声を荒げる兄。
「――お前にだって正統な相続権があるんだ! 遺言に従い――財産は皆で仲良く等分だ!!」
「……いや、だって兄さん。俺まだ16歳だよ!? 急に大金とか領地とか貰ったって管理出来ねぇって! それに兄さん、騎士団の入隊資金とかで色々お金かかるだろ? だから俺の分も使ってよ」
「お、お前はまたそんな兄ちゃん思いな……!!」
そう言って服の袖で目元を隠す兄さん。
「マグナス、お兄様を思ってくれるその気持ちは嬉しいわ。でも、私もお兄様も大丈夫。あなたは自分の事だけ考えればいいの」
黙って状況を見守っていた姉が口を挟む。
あ……。
ちなみに、権力だの跡取だのってさっきの話は、あくまで一般的な貴族の家での話だ。
型に囚われないじいちゃんの教育方針もあってか、うちは権力闘争や陰険ないじめなんかとは程遠い平和な家庭。
『家族仲良くある事が一番。家の発展や勢力争いなんぞは二の次三の次』
そんなじいちゃんの言いつけに従い、父さんと母さん、王国騎士団への入団が決まった立派な兄さんと、町一番の美人だと近所で有名な姉ちゃん。犬のニタマゴ、それに俺。
5人と1匹。貴族の中では裕福な方ではないけれど、みんな仲良くやっている。
特に姉ちゃんと母さんは末っ子の俺に激甘だ。
「マグナス、お兄ちゃん達の言う通りよ。遺言に従って財産は家族で等分。いいわね?」
母さんがニコニコとしながらお茶を注ぐ。
「だから、一旦貰った上で俺の分は兄さんに譲るって言ってるんだよ。貰ったものをどう使おうと俺の勝手だろ」
「お前はまたそんな屁理屈を言って――」
席を立ち、俺に詰め寄ろうとする兄さん。
「――それならお前が預かって管理してやれ。マグナスが成人した時に、お前が思う分を成人祝いとしてでも渡してやれば良いだろう」
現当主である父さんが口を開く。
「マグナス、お前もそれで良いか?」
父さんが俺に向かってニイッと微笑む。
「まぁ、俺は異論無いかな」
兄さんの横顔をニッコリと覗き込む。
「……はぁ、まったく。――すまない、マグナス。恩に着る」
ため息をつき、遠慮がちな笑顔を見せる兄さん。
兄さんは20歳そこそこの若さで騎士団に正式入隊が決まった我が家の希望の星。
俺としても出来る限りの助力はしたい。
「さて、これで天国の爺さんも満足だろう。しかしまぁ……」
父さんが机の上に置かれた遺言状におもむろに目を落とす。
『財産は喧嘩せず皆で仲良く分けるように』
そんな一言だけがデカデカと書かれた遺言状。
なんともテキトーな。
……まぁ、じいちゃんらしいや。
そして、その文末には――
『追伸・工房だけはマグナスに継がせる事。他の者の入室は一切禁じる! 絶対! 絶対にだ!! もし破ったら末代まで祟るからな!』
「自分の子孫を末代まで祟るって……どんだけだよ」
「本当は遺産なんてどうでもよくて工房の方が本題なんだろうな」
やれやれと頭を抱える父さんと兄さん。
「おじいちゃん、錬金術大好きだったもの。おじいちゃんにとって一番心残りなのがあの工房なのよ」
「家で錬金術に興味持ったの、マグナスだけだったもんね。私もお兄様も才能はさっぱりだったし。おじいちゃんは残念そうだったけどこればっかりは仕方ないわ。それにしても……遺言に追伸ってアリなのかしらね」
そんな事を話しながら笑い合う母さんと姉ちゃん。
「それじゃ、これ工房の鍵な。爺さんの言いつけ通り誰も中に入っとらんからホコリ臭いかもしれんぞ。もし掃除に人手が必要なら言いなさい。手伝ってやる」
「ありがとう!」
父さんから鍵を受け取る。
丁寧な細工が施された黄金に輝く鍵。
キーヘッドには、金糸で細工があしらわれた朱色のリボンが結いつけてある。
じいちゃんが肌身離さず持ち歩いていた鍵。
まさか俺がこれを持つ日が来ようとは……。
じいちゃんの顔が脳裏に浮かび、思わず涙が込み上げてくる。
「では、これにて家族会議は終了。は~、母さん。お昼にしよう。腹が減ったぞ」
父さんの言葉を受け皆で食堂へ向かった。
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