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ex02-11 月夜のお誘い

 ――その日の夕方。


 ファンフォシル家の計らいで皆で集まって食事を取る運びとなった。

 決闘に来たとはいえお客さんはお客さん。

 ファンフォシル家としても精一杯の持て成しを――との事なのだが、さすがに各部屋へ配膳となると人出が足りない。

 なので懇親会も兼ねて集まって食事をしようという訳である。


 別に恨みつらみで決闘してる訳でもないし、一緒に食事を取るくらいお互いに矢無沙汰でも無いはずだが……。実はこの件、今回の“作戦”に必要なプロセスでもあり、カトレアと擦り合わせ済みだったりもする。



 ところが。

 食堂へ行くと、ヘンブリーの姿はなくシャムロック家の老執事だけが待ち構えていた。


「あの、執事さん。ヘンブリー殿はどうかされましたか? もしかして昼間の試合で大きな怪我などされたとか……?」


 心配になって老執事に尋ねる。


「いえいえ、これはお心遣い痛み入ります。試合での怪我は軽い打ち身程度です。ご心配には及びません。ただ……負けた事があまりにも信じられないご様子で、今は誰とも顔を合わせたくないと」


 そういって困ったように笑う老執事。

 そうか。結構思いっきり打ち込んじゃったから怪我でもしたのかと思って少し心配だった。


 怪我が大した事がないのは幸いだけれど――部屋に篭られると作戦的には不味いな……。

 明日の決闘は気をつけなければ。


 考え込んでいる俺を見て、気を効かせたのか老執事が和やかに話を続ける。


「しかし、あれ程までの腕前。マグナス様は名のある錬金術師とお聞きしておりましたが、剣術の才能も相当のものですな。神は二物を与えになられたという事ですか」


 うんうんと頷きながら丁寧に整えられた顎髭を触る。


「いやいや。剣の才能なんてまるで無いですよ。多分先生が良かったんだと思います」


「ほぉ、ということはマグナス様も名のある流派の一門でしたか。よろしければ詳しくお聞きしたいのですが」


 そういって目を輝かせて俺を見る。

 ヘンブリーに入門でも薦めるつもりだろうか?


「あ、いや。流派というか、剣術に心得のある個人に教えて貰ってるんです。……ちょっと事情があってこれ以上詳しくは教えられないのですが……」


 別にやましい事がある訳じゃないけれど、アイテムさんの事を誤魔化しながらあの面子について説明するのは中々骨が折れそうなので、どうにか誤魔化す方向に。


「……左様ですか。残念ですが、承知致しました」


 察してくれたのか、それ以上は聞かずに軽く頭を下げて引き下がってくれる老執事。


 今度は傍に居たカトレアに向き直って朗らかに笑いかける。


「それにしても、これ程まで腕の立つ殿方が近くに居て下さると、カトレア様も心強いでしょう? カトレア様程の御身分となると何かと危険な目に遭う事も御座いますでしょうし」


「そう……ですね。近年は情勢も安定していますしそれ程危険な目に遭う事はありませんが……用心という点ではとても心強いです」


 そういって笑顔を返すカトレア。


「えぇ。その通りですね」


 なんてない世間話だった。

 が、話の終わり際。カトレアの笑顔がほんの少し曇ったように見えたのが気がかりだった。



 結局ヘンブリーは夕食には顔を出さなかった。

 料理は後か運んで貰い部屋で食べるとのこと。


 ……となると、作戦の結構は明日の夜か。


 運ばれてきた料理を囲み、俺達だけで賑やかに夕食を頂く。



 ―――



 夜遅く――


「あー、トイレ何処だったかなぁ……」


 独り屋敷の中を彷徨うシューの姿があった。

 住み込みの使用人達も皆就寝してしまったようで場所を聞こうにも誰もいない。


 暫く静かな廊下を歩いていると、曲がり角にランタンの明かりが見えた。


「どっ、どなたですか!?」


 慌ててランタンを掲げる人影。

 聞き慣れたカトレアの声だ。


「お、カトレアか!? 俺だ。シューだ」


「あ! シューさんでしたか。ごめんなさい」


 持ち上げたランタンを下げるカトレア。

 そのまま早足でシューに駆け寄ってくる。


「こんな時間にどうしました? 何か不都合でも?」


「いや、トイレの場所が分からなくなってな」


「あぁ、それでしたらそっちの廊下を右に曲がった所です」


 口元を隠して可笑しそうに笑うカトレア。


「おぉ、そうかサンキュー!」


 そう言って指差された方へ向かおうとしたが、ふと気になった事が。


「……そういえばカトレアの方こそこんな遅くまで何やってんだ? 明日の事が不安で寝れねぇのか?」


「いえ――その件でしたら、もう心配していません。昼間皆さんの顔を見たら何だか自分でもびっくりするくらい安心しました。――ただ、決闘の件で昼間に業務ができなかったりので溜まったお仕事を片付けていたんです」


「仕事? 貴族のか? へぇー、具体的にどんな事やってんだ?」


「具体的には……農業関係の収穫量や税金、関税の管理、政治関係の議題に意見書を出したりとか――こう見えて結構忙しいんですよ!」


 得意げに人差し指を立て、子供に教える先生のような素振りをしてみせるカトレア。

 口では忙しいといいつつも、その顔は楽しそうだ。


「色々あるんだなぁ。でも、そんな事務くらい執事にやってもらえばいいんじゃねぇのか? 明日も早いぞ」


「勿論皆協力はしてくれるのですが、大切な場所はやはり自分で確認したくて。国民の皆さんの生活にも関わる大切な事ですから」


 そう語るカトレアの顔は誇らしげだ。

 けれど……その裏に見て取れる同じくらいの不安を、シューの鋭い観察眼は見逃さなかった。


「……その、何だ。……親父さんが亡くなってから色々と大変だろ? 俺にはよく分からねぇが、大貴族の当主ともなりゃ色々プレッシャーもあるだろうし。――あんま無理すんなよ?」


 雲が晴れたのか、ふと差し込んだ月明かりが、向かい合って話す2人を優しく照らす。


「――あの、もし良ければ少し歩きませんか? ……月も綺麗ですし」


「ん? あぁ。俺は構わないが」


 カトレアに連れられ、2人は夜の中庭に足を運んだ。

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