ex02-10 決闘といえば剣闘
案内された客室は立派なものだった。
掃除の行き届いた暖炉に高そうなソファー。
中庭の見える大きな窓の側には立派なベッドが2つ備え付けられている。
「マグナス、お前は床か?」
シューがベッドを指差す。
「バカ言え。どう考えてもお前が床だろ」
「ふふ、お連れの方は隣のお部屋をご用意してあります。後程ご案内致しますね」
案内してくれたメイドさんが、俺達のやり取りにおかしそうに笑う。
――決闘は3種目執り行い、今日を含め3日間に及ぶ予定だ。
公平を記すためだとかで、その間俺達もヘンブリーもカトレアの屋敷に宿泊する事になる。
流石にヘンブリーが連れてきた護衛やメイド達は街の宿屋に泊まるだろうが、それにしてもこれだけの来客を相手出来るとははすがファンフォシル家だな。
メイドさんが運んできてくれた荷物を受け取り一息つく。
「それにしても――いけ好かない男だったわね」
ソファーに腰掛けるなりティンクがため息を吐く。
「そうか? 金持ちのお坊ちゃんだなーとは思うけど、別にそこまで感じの悪い奴じゃ……」
これから対戦する相手とはいえ、そこまであからさまに敵視しなくても……。
「……挨拶の時こそ愛想よく笑ってたが。あいつ――貴賓室に入るなり真っ先に目をやったのはティンクの方だったぞ。いろんな奴を見てきたから大体分かるが、女を品定めするようなあの下衆な目。ろくな奴じゃねぇな」
シューが吐き捨てるように呟く。
「よく見てるじゃない。あんな奴にカトレアを渡すなんて――冗談じゃないわ! マグナス! 今回の作戦、絶対成功させるわよ!」
俄然気合の入るティンク。
カトレアの運命がかかってるんだ。俺も元より失敗する気は無い。
―――
呼びにきたメイドに連れられ、屋敷の裏へと案内される。
綺麗に整地された森の中の広場。
本来は野外でのパーティーや晩餐に使われるそうだ。
季節は秋口。
日向ぼっこするにはやや肌寒いが晴れ模様のお陰で厚着をすれば寒い事は無い。
ドレスの上から大判のストールを纏ったカトレアを中央に据え、両陣営が向かい合う形で広場を挟む。
初日の対決内容は――剣術!
いくら平和な世の中とはいえ、剣の鍛錬は貴族の心得。未だ貴族の決闘といえば剣術だ。
「マグナスさん。念のため言っておきますが、僕の師匠はノウムでも名高い“吠虎天穿流”の師範です。怪我をしないよう、今のうちに降参されてはいかがですか?」
決闘用の模造剣を俺に向け得意そうにほくそ笑むヘンブリー。
「あ、お構いなく。俺もそこそこやれると思うんで」
……というのも。
決闘の話を受けてから、ロングソードさんにいつもより入念に修行をつけてもらってたのだが――。
作戦は別にあるとはいえ、カトレアにちょっかいを出す不埒な輩に鉄槌を――という事でティンクのたっての願いでグレイラットさんが特別講師として参加。
そこに面白がったシューも加わり「ヘタレでも勝てる! 1週間で最強剣士」とかいう猛特訓プログラムが組まれた。
そこからの1週間は本当に地獄だった。
“絶叫の小瓶”の素材を集めながら、空いた時間はひたすら剣の稽古。
決闘の前に過労で死ぬんじゃないかと思ったくらいだ……。
まぁでも、お陰様で――
『そこまで! 勝者マグナス・ペンドライト!』
レフリーが止めに入る。
全くもって勝負にもならなかった。
達人と呼ばれる類の人達の剣を毎日浴びてきたおかげか、ヘンブリーの剣はまるでスローモーションのようだ。
ただの一撃も掠ることなく俺の完全勝利だった。
「ば、バカな。この俺が? 信じられない……」
完敗したのが信じられないのか、地面に膝を付き自らの掌を見つめワナワナと震えるヘンブリー。
……ナントカ流の師範には悪いけれど、こっちの先生は世界最高のロングソード使いに、伝説の剣帝。それからよく分からんが腕の立つ元盗賊。
経歴や実戦経験は雲泥の差だろう。
「す、凄いですマグナスさん! いつの間にそんなに強く!?」
カトレアが椅子から立ち上がり、飛び跳ねて喜んでくれる。
確かにチュラ島の時と比べても我ながら相当強くなったと思う。
こんな事ならもっと早めに稽古お願いしとくんだったか……。
「――意外とやるもんね」
「あぁ。ホントに意外だ」
ティンクとシューも驚いて目をパチクリさせている。
いや、お前らがそうさせたんだろう!
『ヘンブリー様、大丈夫ですか!?』
『お怪我などございませんか!?』
おつきのメイドが数名ヘンブリーの元へ駆け寄ってくる。
「あ、悪い。大丈夫だったか? そんなに強くは打ち込んでないつもりだけど――」
目の前で這いつくばるヘンブリーへ手を差し出すが……
「――煩い!!」
その手を大きく振り払われてしまった。
怒声に驚き、駆け寄ってきたメイド達も思わず足を止める。
「……すまない。決闘で高ぶっていたようだ。お恥ずかしい姿を見せた」
服についた汚れを払い立ち上がると、周囲に一礼して自陣へと戻っていく。
『坊ちゃま、お気を落とさず。試合はまだ2戦ございます』
『あぁ、分かっている』
控えていた老執事と手短に会話を交わすと、ヘンブリーは屋敷の中へと戻って行った。
「……本性見えたり、かしら?」
歩み寄って来たティンクがぼそりと呟く。
「まぁ、決闘の後だからな。気が立つのも普通だろう」
「にしても紳士的じゃねぇな」
その後カトレアと少し話をし、俺達も自室へと戻る。