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ex02-07 絶叫の小瓶

 ポーションの水たまりから淡い光が立ち込めると同時に、ふと部屋の温度が下がったように感じた。

 窓も開けていないのに何処からともなく冷気が吹き込み、机の上に置いてあった本のページがパラパラとめくれる。


 油はまだたっぷりあるはずのランタンの炎が不規則に揺れ、消える。


 夜明け前の月明かりだけが照らす薄暗い室内。

 闇に溶け込むように姿を現したのは……異国を思わせる民族衣装を身に纏った女性。

 東の国の物だっただろうか。

 大きな織物を羽織るように纏い、腰のところを幅広の布で巻き後で止める……だったか。


 ただ、聞いた話によるとベースとなる織物は様々な柄で彩られ見るも華やかな衣装だ、という事だったはずだが……。

 "絶叫の小瓶"さんの纏う衣装は白一色。

 混ざり気のない純白が、月の光に照らされ青白く輝く。


 その衣装を纏う女性の肌も、織物の色と見分けがつかない程に青白くまるで生気を感じさせない。

 床に届く程に長い漆黒の髪は、まるでそれ自体が生きているかのようにゆらゆらと揺れている。


 ――いかん、呆気に取られてついつい見とれてしまった。

 初対面でそんなにマジマジと見たら失礼だよな。


 そう思い"絶叫の小瓶"さんの顔へと目線を戻し、話しかけようとした――が。

 じっとこちらを見つめるその目を見て思わず息が止まる。


 まるで全ての光を吸い込んで逃がさないかのような深く黒い瞳。その奥で俺を捕えて逃がさないまま、口元は淡い微笑を浮かべている。


 他のアイテムさん達に引けを取らない程の美人ではある。

 ただ……それよりもこの人から感じるのは――言い様の無い恐怖。

 大きく唾を飲み込み、自分が呼吸をしていなかった事に気づく。



 ――トン。


 後ろから肩を叩かれ思わず背筋が凍り着く。

 反射的に振り返るとティンクが耳元で呟いた。


(しっかりしなさい。思ってたより……ヤバいわよ。油断してるとあんたが餌食にされるわ)


 そう言い残して、ツカツカと俺の前に歩み出るティンク。


 そういえば……武器はともかく、劇薬や毒薬のような明らかに相手に害を成すためだけのアイテムというのは初めて錬成した。

 ロングソードさんと出会った時の事を思い出す。


 もし俺を主と認められない場合――最悪、襲い掛かってくるんだっけか。



「なに? うちの錬金術師、そんなに面白い顔でもしてた?」


 一切の動揺を見せず、平然とした態度で絶叫の小瓶さんに話しかけるティンク。


「"うちの"……か。随分な言い様じゃの」


 薄ら笑いを浮かべたまま、顔色一つ変えず絶叫の小瓶さんが切り返す。


「えぇ。大事な稼ぎ頭よ。こっちから呼び出しといて何だけど……もしちょっかい出すつもりなら――相手するわよ?」


 一瞬即発――工房内が唯ならぬ緊張感に包まれる。


 クソッ、こんな事になるならシスターにもう少し待ってもらえばよかった……!



 ……先に緊張を破ったのは、絶叫の小瓶さんだった。

 ティンクの気迫に押されたのか、口元を緩め小さな笑いを吐く。


「――なに、可愛らしい顔をしとるもんでついからかってやりたくなっただけじゃ。そう気を荒立てるでない」


「――そう。ならいいけど。あんたも悪趣味ね、こんな奴がタイプなの?」


「それはお互い様じゃろ」


「――笑えないわね。とにかく、協力してくれる気があるならこいつの話を聞いてやって」


 目で俺の方を指し、ふぅとため息を吐く。

 ……どうにかこの場は収まったようだ。



 しかし、ティンクの奴凄い気迫だった……。


(お、お前。もしかして本気で戦ったら実はめちゃめちゃ強いとか……?)


 小声でティンクに耳打ちする。


(……そんな訳ないでしょ)


 愛想なく一言答えると、ふいと振り向いてテーブルに腰掛けるティンク。

 ……よく見ると手が震えている。


 ――俺を守るために無理してくれてたのか。



 ――



「……成る程の。状況は分かった。中々に面白そうな話ではないか」


 着物の袖で口元を隠しクスクスと笑う絶叫の小瓶さん。

 底の知れない無邪気な笑顔を見ていると背筋に寒い物を感じる。


「で、で。具体的にはどれくらい飲ませればいい?」


 震えそうになる声をどうにか落ち着けて発言する。


「そうじゃの……。脅しに使う程度なら、飲み物にほんの数滴垂らしてやれば充分じゃろ。その場の状況や相手次第によって効果にムラがあるから正確な事は言えんが――飲ませ過ぎて廃人にでもしてしまっては困るじゃろ?」


 ニタァっと口元を歪め、机の上に置いた“絶叫の小瓶”を指先でなぞる“絶叫の小瓶さん”。

 手のひらに収まる程の小さな瓶に黒い液体が満たされている。

 コップの底に貯まる程で絶叫するくらいなら、これ全部飲んだらどうなるんだよ……。

 用量には特に気をつけよう。


「無味無臭じゃから飲み物に混ぜても気づかれる事は無い。決闘の場は味方陣営じゃ。飲み物や食事に盛る事くらい訳なかろう?」


「とはいえ、俺たち以外の人に知られる訳にもいかないからな。カトレアと慎重に打ち合わせしとこう」


「――健闘を祈っとるぞ」


 そう言い残すと絶叫の小瓶さんは姿を消した。


 何もしてないのにランタンの火が再び灯り室内を優しく照らし出す。

 気付けば薄らと夜も明ける頃だった。



「何か想定以上にヤバい事になってきたな」


「まぁ、ある意味何でも屋らしいじゃない。綺麗な仕事ばっかりじゃないわよ」


 そう言いながら小瓶を鍵の付いた戸棚へと仕舞うティンク。



 ……後は当日の段取り次第か。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【絶叫の小瓶】

 錬金術の妙薬。

 服用者の過去のトラウマを呼び起こし、精神的な苦痛を味合わせる。

 肉体に直接的なダメージは与えないが、精神と肉体は常に一つであり場合によっては相手を廃人にまで陥れる危険な薬品。

 しかし、用量や用法を守り上手く調整すればトラウマを克服する為の治療薬として使うことも出来る。


※絶叫の小瓶さん

挿絵(By みてみん)

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