ex02-02 晴天の霹靂
ある日の昼前――
便利屋マクスウェルにて。
「あ、麻の服ちゃん……どうして……!?」
「……ご主人様はもう少し人を疑う事を覚えた方が良いです」
絶望に打ちひしがれる俺を見て、麻の服ちゃんが意地悪く笑う。
「そ、そんな。信じてたのに」
いつも俺に向けてくれる小動物のような愛らしい笑顔。
あの笑顔が嘘のように、信じられない程冷たい微笑を浮かべて俺を見る。
「か、考え直してはくれないか?」
「……見苦しいですよ、ご主人様。これで終わりです」
「そ、そんな!!」
俺の懇願も虚しく、麻の服ちゃんが無慈悲に終わりを告げる。
「はい。私も上がりです!」
手に持っていたカードをテーブルの上に出す麻の服ちゃん。
「はい、あんたの3連敗ね」
「お前、ホントにカード弱いな」
同じくテーブルを囲んだティンクとシューが呆れた様子で俺を見る。
「ご主人様、顔に出し過ぎですよ。私でも分かります」
嬉しそうに、今度はいつもと変わらない笑顔で笑う麻の服ちゃん。
「くっそー! そんなに顔に出てんのか? かなり隠してるんだけどなぁ」
テーブルの上に散らばったカードを片付ける。
「顔色と言えば、そういえばシューさん髪切られたんですね。爽やかで素敵です!」
麻の服ちゃんがシューの顔を覗き込む。
「お! 気づいてたのかチビ助。中々見る目あるじゃねぇーか!」
そう言ってわしゃわしゃと麻の服ちゃんの頭を撫で回す。
迷惑そうに頭を押さえて逃げ出す麻の服ちゃん。
「そう言えば随分と切ったな」
前までは基本的に長髪で前髪も目元が隠れるくらいだったのに、今回はかなり短めだ。
「いや、正直ここまで短くするつもりは無かったんだが床屋の親父が切りすぎやがってな」
前髪を触りながらヤレヤレと口を尖らせるシュー。
「あら? シューさん、左目の上。怪我されたんですか?」
避難していた麻の服ちゃんが再びシューの顔を覗き込む。
見ると左目の上、額の位置に大きめの傷がある。
前までは髪で隠れていて気付かなかった。
「ん? あぁ、これか。なに、古傷だ。若気の至りってやつだな」
あまり触れられたくないのか、前髪を下ろして傷を隠そうとするシュー。
けれどどうにも長さが足りないようだ。
「――さて。それじゃゲベは買い出しよろしくね!」
さっきからツラツラとメモを書き続けていたティンクが、びっしりと字の詰まった買い物リストを手渡してくる。
「おい……この量マジかよ」
「だってここんとこ天気悪くてろくに買い物も行けなかったんだもん。はい! 敗者に拒否権は無しよ! 行った行った!!」
ティンクに追い立てられ、渡されたメモを持って店を後にする。
―――
「……何で……買い物リストに……漬物石が入ってんだよ!?」
あまりにも重い荷物に足元がふらつく。
ティンクのヤロウ、ここぞとばかりにあれこれ書きやがったな。
先に買ってくる物決めてから勝負するべきだったな……と今更気付いてももう遅い。
細々とした備品や日用品を買い求めて、正に町中を駆けずり回る羽目に遭った。
昼前に出かけたってのに、昼飯も食わないで半日はかかったぞ。
「――てか漬物石なんて裏の森にある石持ってくりゃいいだろー!」
文句を垂れながらもどうにかこうにか大荷物を背負い帰ってきた。
フラフラになりながら店の前に立つと――まだ夕方前なのに看板が“クローズ”になっている。
(おかしいな、今朝確かに“オープン”にしたはずだけど)
疑問に思いつつ店に入ると――
「マグナスーー!!」
真っ先に出迎えてくれたのは、長期休暇で休暇で戻ってきている兄さんだった。
「どうしたの兄さん、そんなに血相変えて」
何やら目を血走らせて興奮する兄さん。
これからろくでもない事が起こるのだけは容易に想像出来る。
「お前というやつは! ティンクさんという人が居ながら――!! ……まぁ、お前の決めた事にとやかく言うつもりは無いが――だが、本当にそれで良いのか!?」
「へ? 何の事?」
怒ってるのか焦ってるのか。
どんな感情なのかすら良く分からない様子。
口をパクパクされながら歯切れの悪い物言いで焦頭を掻く実兄。
実に不気味だ。
その様子を傍目に見ながらニヤニヤしているシューと、複雑そうな表情の麻の服ちゃん。
そしてティンクは頭を押さえて何やらため息をついている。
絶対にろくな事じゃねぇな。
「――とにかく、来い!」
「ち、ちょっと! 荷物がっ!」
抵抗するものの、兄さんにがっしりと腕を捕まれ母屋へと連行されて行く。
―――
兄さんに首根っこを捕まれ広間へ入ると、父さん母さん、それと姉さんも揃ってテーブルを囲んでいる。
何故か皆正装だけど……今日何かあったっけ??
兄さんに促され椅子へと座る。
その間兄さんはテーブルの向こう側へと回り……4対1で向かい合って座るような形になる。
な、なんだこの威圧感は!?
皆の表情を見るからに遊びや冗談では無いようだ。
とは言え、こちらとて糾弾されるような覚えも無い。
「――マグナス」
父さんが徐に口を開く。
「……はい、何ですか?」
相手の出方が分からない以上、大人しく話し合いに応じる。
あんまりにも圧が凄くて思わず敬語になる。
「お前が留守の間にファンフォシル家のご令嬢――いや、当主様がお見えになった」
ファンフォシル家当主? ……ってことはカトレアの事か。
そりゃお忍びって名目で店にはしょっちゅう遊びに来てるけど……それが何で今更?
「そ、そうですか。カトレアお嬢様はうちの店の常連で特別贔屓にして貰ってますけど……。え、店じゃなくて家に来たんですか?」
「そうだ」
――それは意外だ。
俺とティンクはともかく、家同士という括りではうちとファンフォシル家は特別親交が深い訳じゃない。
うちに用があるなら事前に俺に話を通してくれそうなもんだけど……そんな話は全く聞いてなかった。
もちろんティンクからも聞いてない。
「そ、それでカトレアお嬢様のご用件は?」
「それなんだが――」
そこまで言って一度黙る父さん。
やや間を開け、勿体ぶったように言い放つ。
「お前との婚姻についてのお話だ」