ex01-12 夜王降臨
吹き抜ける風が立ち込める土埃を浚うと――
そこには"がーどろぼ"が変わらぬ様子で立ちはだかっていた。
装甲に多少のへこみが見れるものの、それ以外大きなダメージは見て取れない。
パリパリ、と音を立てながら"がーどろぼ"を拘束していた雷の杭が霧散して消え去る。
どうやらシェンナが放った雷の効果が切れたようだ。
『警告。未知の電気障害を探知。脅威を速やかに排除するため"殲滅モード"へ移行します』
再び目に赤い光を灯し"がーどろぼ"が立ち上がる。
「ウソ!? あんだけやってこのダメージなの!? どんだけ追加装甲積んでんのよ……!?」
「なんかヤバそうだぞ!? 一端退くぞ――!」
狼狽えるシェンナの肩を叩き、一端その場から退避する。
けれど……岩陰から駆け出そうとした途端、"がーどろぼ"の背中から2本の火柱が噴き出すのが見えた。
ゴーっと唸りを上げると、まるで宙に浮くように飛び上がり信じられないスピードでこちらに突進してくる"がーどろぼ"!
「いっーー!」
突然の事に驚いていると、"がーどろぼ"は俺達の目の前に着地し腕を大きく振り回す!
巨大な鉄の腕から繰り出されるパンチの直撃を受け、俺達が隠れていた岩が粉々に飛び散る!
「――危ない!!」
咄嗟の事で身動きを取れないでいた俺を押し倒し、シェンナが覆いかぶさる。
粉々に飛び散った岩の欠片が、俺を庇ったシェンナを直撃する。
「うっ……!」
「わ、悪い――! 大丈夫か!?」
慌ててシェンナを抱き起し、肩を担いで立ち上がる。
その間に、"がーどろぼ"は再び腕を振り上げこっちに狙いを定める。
そして、鉄の腕が再び振り下ろされる!
ヤバい――!!
――金属と金属がぶつかり合うけたたましい衝撃音が響き渡り、目の前で火花が散った。
「うあぁぁ!!」
俺達に代わり、"がーどろぼ"の一撃を咄嗟に受け止めてくれたグレートシールドさんが吹き飛ばされる。
ゴロゴロと転がり、数メートル先の大木にぶつかりぐったりと倒れ込む。
手に持った鉄の大楯がベコリと凹んでいる。
「ち、ちょ、グレートシールドさん!? ま、マジかよ……」
グレートシールドの強度はかなりの物だ。
前に爆炎魔法の直撃を防いだ事があるが、それでも傷一つついてなかった。
あんな威力まともに受けたら……ひとたまりも無いぞ。
とは言え……。
後ろを見ると、俺を庇った時に怪我したのか腕と足を真っ赤に腫らし、やっとの思いで立っているシェンナ。
とても走れそうにはない。
シェンナを後ろに隠し、"がーどろぼ"の前に立ちふさがる。
「バカ、何やってんの!? 逃げるのよ!」
「っても、走れないだろ?」
「あんた一人なら走れるでしょ!」
「置いてける訳ねぇだろ!」
"がーどろぼ"の赤く光る目が、言い争う俺とシェンナをしっかりと捉えている。
「いいから逃げて! 脅威度の高い方から潰しにくるはずだから、私が狙われてるうちは安全よ!」
「んな訳に行くか!!」
とは言ってみるものの……どうすりゃいい!?
ロングソードさん達のポーションはあるけど、とても歯が立つとは思えない。
かといって俺がどうこう出来る訳も無さそうだし……何かいい策は……!?
どうにか活路を見出そうと辺りを見回していると……
"がーどろぼ"の頭上で何かが炸裂した。
「シェンナ!? マグナスさん!!」
突然名前を呼ばれ、振り返る。
見ると、隊長や兄さんに付き添われてアイネとティンクの姿があった。
ティンクが弓矢を構えている。
炸裂矢か……!
「2人共、無事だったのか!?」
掴まったはずの2人の姿を見てホッとする。
「何言ってんの! どう見ても危ないのはあんた達の方でしょ!! 早く逃げて!」
残念ながら、炸裂矢の直撃も"がーどろぼ"にさしてダメージは無い様子。
トドメと言わんばかりに、俺達に向け掌を構える。
その中央には黒い穴が空いている。
その穴に向かい光が集まってきて……
ま、まさかあの光弾をこの至近距離で――!?
集まった光が収束し、黒い穴が溶けた鉄のように真っ赤に輝く。
その瞬間――
黒い閃光が走り、空中に一筋の直線が描き出される。
そして……俺達に向けられていたはずの"がーどろぼ"の片腕がズシリと重い音を立て地面に落ちる。
「2人共、大丈夫!?」
思わずシェンナを守るように抱きかか固まっていた俺の耳に届いたのは……アイネの声。
「――アイネ!? 助かった!」
声の方に顔を向けるが――目に飛び込んで来た人物の姿を見て、すぐさま俺は後悔した。
淡い光を放つ白金の髪。
同じく淡いグレーの瞳。
そして……頭には猫のような尖った耳。
四足はまるでしなやかな獣の手足のように変形し、その手には――禍々しい黒く巨大な爪が鈍い輝きを放っている。
その存在から溢れ出すのは、この世の闇を全て集めたかのような暗黒の瘴気。
そして、何者をも寄せ付けない威圧感。
だが、それと共に誰しもを魅惑する神々しさも兼ね揃えている。
例えるならば、原野を我が物顔で闊歩する百獣の王さながらの気迫。
――圧倒的強者。
顔つきや声は確かにアイネだ。
けれどこれは間違いなく、一介の人間如きが気安く声を掛けて良いような存在ではない。
「――ま、"魔神"……」
近くまで駆け寄ってきていたティンクが、見た事もないような怯えた顔で茫然と立ち尽くす。
その絶望を体現したかのような存在は、見た目とは裏腹に優しい声で話しかけてくる。
「――ごめんなさい、驚かせちゃいましたよね。本当は見られたくなかったんですけど……でも皆さんをこれ以上危険な目に遭わせるわけにいかないですから!」
そう言い放つと、しなやかな下腿でしゃがみ込み一気に地面を蹴る。
ただ軽く蹴られただけのはずの地面が、大きく抉れ後方へ吹き飛ぶ。
目の前からアイネの姿が消える。
それを目で追うよりも早く、"がーどろぼ"の方から小さな音がする。
見ると――漆黒の爪による斬撃を受けもう片方の腕も軽々と切り落とされている。
「お終いです」
そう言い放ち、もう一度爪を振るうアイネ。
空中に大きな闇の爪痕を遺し、"がーどろぼ"の分厚い胴体が一刀両断された。