02-04 錬成失敗……!?
「よぉ、お嬢ちゃん達。危なかったな」
颯爽と現れ、スライムを一刀の元に切り捨てたのは――
……見知らぬ中年の男性だった。
ボサボサの髪に無精髭。
たれ目がちなその目からは生気が全く感じられず、素早い身のこなしとは裏腹にいかにもダルそうな様子を醸し出している。
ダルそうさ加減ではティンクといい勝負が出来そうだ。
……素材採取に来た村人? それにしてはあまりにも、恰好が小汚い。
冒険者……にしては装備が貧相過ぎるか。
何だろう。
こんなような格好の奴を他にもどこかで見た覚えがあるんだが……どこだったか思い出せない。
「この辺は魔物も出るんだから気を付けなきゃダメだぞ」
そう言いながら、剣を腰の鞘に納める。
鞘の長さからみて長剣の類だろうか。
「……あ、ありがとうございます」
突然の事であっけに取られていた麻の服ちゃんだったが、落ち着きを取り戻し男性を見上げてお礼を言う。
「いやいや、お嬢ちゃんに怪我が無くて良かった」
そう言ってニッコリと笑う男性。
「すいません。助かりました」
俺も頭を下げる。
男性はヒラヒラと手を振って“気にするな”とばかりに笑顔を返してくれる。
「……じゃ、失礼します。そちらもお気をつけて」
軽く挨拶をし、採取物の入った籠を担ぎその場を離れようとした時――
「――ちょっとちょっと、お兄さん」
男性に呼び止められる。
「はい? まだ何か――!?」
振り返っると、男性は変わらずヘラヘラとした笑顔を浮かべたままだったが――さっきとは打って変わって目の奥が全く笑っていない。
ありきたりな茶色の髪と正反対に、珍しい紫紺の瞳。
その両の目が、獲物を追い詰めた狼のように飢えた輝きを放っている。
「お兄さん。命助けてもらっておいて……まさか謝礼も無いなんて事は、無いよね?」
……成程。そう言う事か。
思い出した。この男によく似た風貌の奴ら。
騎士団に連行されていく"盗賊"を街で何度か見かけた事があったが、まさしくその成りだ。
「ち、ちょっと待ってください! あの程度のスライム、私達でも問題なく倒せました! 失礼ですが、こちらから助けを求めた覚えもありませんし――……」
「――ハァ!? 何だって、クソガキ?」
手に持った木の棒を振り上げて反論する麻の服ちゃんだったが、ドスの効いた声で睨みつけられ思わず2,3歩後退りする。
「――ちょーっと待ってくれ! 悪かった!」
慌てて麻の服ちゃんと男の間に割って入る。
麻の服ちゃんが俺の足にしがみ付き、顔をうずめて肩を震わせている。
ごめんよ。怖かったよな……
「あんたの要求は分かった! 俺じゃあんたには敵わないのも分かってる。この子達も無事に街まで送り届けなきゃいけないし、出来れば穏便に済ませたい。けど、生憎大した持ち合わせも無い。本当だ! そんな俺たちから謝礼として何が欲しい?」
「……ッチ。シケてんな。まぁガキの集まりじゃそんなもんか。……そうだな。そこの籠の中身全部置いてけ。売ればそれなりの金にはなんだろ」
男が、素材のギッシリ入った籠を指さす。
「……あれは朝から4人がかりで集めた物なんだ。……どうにか半分で手を打って――」
言い終わる寄りも先に、男が俺の胸倉を掴んで宙へと持ち上げる。
――!? この男、そんなに大柄って訳でもないのに何て力だ!?
「おい、よく考えて発言しろよ? お前が交渉出来るような立場か? 違うよなぁ! 人が優しくしてやってるからって調子に乗ってると――本当に死ぬよ?」
そう言いながら、男が反対の手で腰から剣を抜き去る。
木々の間から差し込む日の光に照らされ、その刀身が冷たく輝く。
……クソ。何とか煙に巻いて逃げようかと思ったけど、案外と隙が無いな。
こうなったら仕方ない。
懐にしまっておいた"ロングソード"のポーションに手を掛ける。
『あんたの事を主として認めない場合、最悪切りかかってくるわよ』
ティンクの言葉が脳裏をよぎる。
――どうせこのままでもこいつにヤラれるだけだ!
なるようになれ!!
懐からそっとポーションを落とす。
ポーションが地面に落ちるまで、実際にはほんの数秒だっただろう。
けれどこの切迫した状況の中で、それが何十秒にも感じた。
やがて、足元からガラスの割れる音が響く――!
「……あん? 何か落としたぞ。 ――何だ、この銀色の液体?」
男は俺の首に手を掛けたまま足元を見る。
よし! 後は急に現れた人影に驚いて手を離しでもしてくれれば上出来……!
……
しかし、何も起きない。
……え? どういう事?
こんな時にまさか――錬成失敗!?
おいおい、ウソだろ!?
材料の予備が無かったから、試作無しの一発本番ではあった。
とは言え……それなりに上手くいった自信はあったぞ!?
くそ、ケチらないで試用しとくんだった……!
「……ったく、ふざけんなよ。靴が汚れたらどうすんだ!?」
そう言って男は腕の力を強め、首をさらに締め上げてくる。
や、ヤバい。目の前がだんだん赤くなってきた。
このままだと本当に窒息する……!!
――ッゴ!!
遠のく意識の中、何か鈍い音がして男がほんの少しぐらついたように感じた。
首元を両手で必死に抑えながら、どうにか目を開けると――
ティンクが、男に渾身の回し蹴りをお見舞いしていた!
そんな恰好で素材採取に来るなって言ったのに、いつものワンピースとコートの一張羅。
ワンピースの裾から覗く細い足は、とても格闘に向いているとは思えないが――音から察するにそれなりの威力はあったようだ。
けれども、男は顔色一つ変える事なく俺を地面へ投げ捨てる。
「ゴホッ! ゲホゲホ」
ようやく首を解放され、咽ながらも息を大きく吸う。
と、とりあえず助かった。
……てか、こないだ街でも同じような目に遭ったな。