ex01-06 罪人
その日の夜――
工房の外に置かれたベンチに座り、アイネは独り夜空を見上げていた。
澄み切った冬の空気。
夏の満点の星空とはまた違った、何処か神秘的に感じられるモリノの星々が静かに瞬く。
「寒っ! ねぇ、キプロポリス人って寒いの平気なの?」
心配して様子を見に来たティンクが声を掛ける。
「あ! ありがとうございます。実は凄く寒いです。でも……もっとエバージェリーの空気を感じていたくて」
頬を赤くしてはにかむアイネ。
「……そんな特別いいもんでもないでしょ? 風邪引くわよ」
ティンクはさも興味無さそうに星を見上げる。
持ってきた毛布を手渡し、アイネの隣に座る。
「ありがとうございます! ……私実は、エバージェリーに来るのがずっと夢だったんです。まさかこんな形で叶うなんて」
そう言いながら、貰った毛布の半分をティンクに渡す。
「そうなの? 話しに聞く限りそっちの世界の方が文明も発達してて便利そうなのに、何でわざわざ。……あ、そういえば未来のエバージェリーってどうなってるの?」
「そうですね……魔法が盛んで、人類未踏の秘境やまだ見ぬ秘宝なんかが沢山残っている、ロマンと冒険に満ちた世界――とは聞いていますが、実は私も詳しい事は知らなくて」
「そうなの? てっきり空飛ぶ船ってので頻繁に行き来してるんだと思った」
「いえ。二世界の間で交流が始まってから、実はまだ数十年しか経っていないんです。しかも、情報統制が敷かれてて、私達みたいな一般人は"エバー"の話しってあまり聞く事ができなくて。だから、教科書に載ってるような事しか知らないんです」
「へぇ、なるほどね。それで、未知の世界に憧れていつか冒険に行きたいって訳ね。いいわね、そういうの好きよ!」
目を輝かせてアイネの顔を覗き込むティンク。
けれど、アイネはハニカミながらも少し浮かない顔で俯く。
「ふふ、それも素敵ですけど……私の場合少し理由は違うかもしれません」
「どういうこと?」
「……私達の時代から数十年前。世界初の飛空艇に乗り込み、初めてエバージェリーの大地にたどり着いたのが――私のひいおじいちゃんなんです」
「へぇ、凄いじゃない!」
「はい、直接会った事は無いですけど、自慢のひいおじいちゃんです! 当時は"英雄シルヴァント"と呼ばれて誰もがその名を知る有名人だったそうなんですよ!」
そこまでは誇らしげに話していたアイネだが、急に声のトーンが急に暗くなる。
「ところが、エバージェリーへ辿り着いたはずのシルヴァントはそのまま行方不明に。そして数十年後――マモノの大群を引き連れてキプロポリスに攻め込んで来たんです」
悲しそうに俯くアイネ。
そんなアイネの話を、ティンクは空を見上げたまま黙って聞く。
「それまでキプロポリスにはマモノなんて居なかったのに、そのせいでマモノが定着しちゃって……。挙句の果てに超大型のマモノによる大破壊――それでキプロポリスの半分以上の国が滅びたと言われています」
「……そう。そっちの世界も中々大変な歴史があるのね」
「はい。だから……私は知りたいんです。英雄と言われたひいおじいちゃんが何でそんな事をしたのか。学園を卒業して、いつかエバージェリーに渡ってその答えを見つけるんです!」
アイネは決意に満ちた目で、エバージェリーの夜空を見上げる。
その横顔を見て、ティンクは一つ小さくため息を付き優しく笑った。
「――なるほどね。ちなみに……奇遇だけど、似たような境遇の奴を1人知ってるわ」
「ホントですか!?」
「ちょっと話のスケールは違うけどね。祖父が国の英雄でかつ罪人ってとこだけ」
「その方は……どうされたんですか? 無事におじいさんの無罪を証明できたとか……?」
興奮気味にティンクに詰め寄るアイネ。
「まぁ、こっちの方は割と早い段階で誤解は解けたから大したオチは無いわ。最初は復讐だ復讐だって煩かったけど」
「復讐……ですか」
そう呟くアイネの顔は何処か暗い。
「あら? アイネも事件の真犯人を見つけて復讐したい、とかじゃないの?」
「……どう、なんですかね。復讐とかは分からないかど、昔はとにかくひいおじいちゃんの無実を証明したいって思ってました。けど――今は純粋に歴史の真実が知りたいんです!」
「そう。――何も知らない私が言えた口じゃないけど、復讐なんかより、そっちの理由の方が私も素敵だと思うわよ」
ニッコリと笑うティンク。
その笑顔を受けアイネも嬉しそうに笑顔を返す。
「ふふ、ありがとうございます。――ティンクさんって何だかシェンナと似てる気がします」
「そうかしら? 確かに髪とか目の色はそっくりだけど」
「見た目もそうですけど、思った事をはっきり言ってくれるとことか、ちゃんと私の話を聞いてくれる事とか」
頬を少し赤らめ嬉しそうにはにかむアイネ。
「そっか。そう言えば2人はどういう関係なの? 随分と仲がいいみたいだけど」
「ずっと独りぼっちだった私を助けてくれた、大切な幼馴染です!」
元気いっぱいに答えるアイネ。
その顔を見て、ティンクは思わず笑みがこぼれる。
「いつか行けると良いわね、元の時代のキプロポリスに。過去からだけど応援してるわ! ――さ、そろそろ戻りましょ。さすがに冷えてきた」
そう言ってブルりと身体を震わせてから立ち上がり、両手で自らの肩を抱く。
「ごめんなさい! 長い話しに付き合わせてしまって! 戻りましょう」
アイネも一緒に工房へと戻って行く。
―――
――翌朝。
「おはよ~」
ティンクが寝室から出てくると、アイネ達は既に身支度を整えていた。
「あ、おはよう!」
「おはようございます!」
元気よく返事を返す2人。
「大丈夫? 寝れた?」
眠い目を擦りながらティンクが問いかける。
結局アイネがソファーを使い、シェンナが椅子ベッドで寝たらしい。
「ん~、慣れない環境なせいだと思いますけど、少し寝不足です……でも大丈夫です!」
「ちょっと! 何であんたの方が寝不足なのよ! ホント朝弱いんだから……」
朝から息ぴったりの2人。
ティンクの支度が終わるのを待ち、3人揃って店へと向かう。