ex01-02 鉄の人形
巨大な……鉄の塊?
一応、人型を模しているんだろうか?
四肢があり二足で直立しているようもに見えるが、その全身はずんぐりむっくりしており球体に手足が生えていると言った方が近いかもしれない。
頭に当たる部分は半分胴体に埋もれており、目の代わりに大きな赤いガラス玉のような物が1つ埋め込まれている。
両手両足の先には指が無く、3本の爪のようなものが備わっている。
大きさにして大人の背丈の倍ほど。
胴回りは体格の良い男性の優に7,8倍はある。
そんな鉄の人形が、微動だにせずただ道の真ん中に陣取り仁王立ちしているのだった。
「な……何ですか、あれ?」
思わず見たままの感想……と言うか質問を返す。
「それを知りたくて来て貰ったんだ。巨大な鎧のようにも見えるが、見ての通り一般の武具ではない。我々ではさっぱりでな。困っていた所、ジェイドの弟さんが有名な錬金術殿だとお聞きし、もしやと思ってお呼び立てしたのだが……」
いやいや。
一般的にありがちだが、よく分からん物イコール錬金術って考え、辞めて頂けないかな。
さすがの俺もあんな物見た事もないぞ。
無論じいちゃんの研究ノートにも似た物すら載ってなかった。
「……おい、ティンク。お前何か見覚えあるか?」
小声でティンクに問いかける。
「ある訳ないでしょ。何あれ。そもそもアイテムなのかすら怪しいわね。鎧……にしては大きすぎるし」
腕組みをして訝しげな表情で鉄の人形を見つめるティンク。
ティンクですら見た事が無いって事は……こりゃ錬金術の類でもないかもしれないな。
「始めはノウムでよく聞く蒸気機関という物の一種かという話しになったんだがな。だが、丁度ノウム出身の行商人が居合わせたので聞いてみたがそれも全く違うようだ」
そう言って首を振る隊長さん。
そりゃそうだろ。
ノウムに行ったときいくつか見たが、煙を吐いて動く小型の機械で、あんなとんでもない物じゃなかったぞ。
「……そう言えば、さっきそこで『他国の兵器かもしれない』って話が聞こえたんですが、何か危険な物なんですか?」
まぁあれが何なのかはさておき、肝心なのは何に困ってるかって事だ。
害が無いのなら無視して素通りすれば良いだけの話。
そうはいかないって事は何かしら危険があるんだろう。
「おぉ、そうだな。それを説明せねば……おい、もう一度さっきのを頼む」
隊長さんが近くに控えていた軽装の兵士に声を掛ける。
小さく頷くと、兵士は付近に落ちていた手ごろな石を手に取る。
そのまま2,3歩前に出ると――鉄の人形に向け勢いよく石を投げる!
……カーン。
石は見事に命中し、子気味の良い音を立て跳ね返った。
やはりあの人形、金属で出来ているようだ。
……ただ、それ以外には何の反応も無い。
「……えっと?」
自分の理解が悪いのか、少なくとも見た目には変化が無いように思う。
隊長さんに意図を問いかけようとするが、掌を立て遮られる。
黙って見ていろという事のようだ。
兵士の方へ視線を戻すと……今度は背中に担いだ弓を手に取り、矢をくべて狙いを絞る。
「でかい音がするけど驚くなよ」
兄さんが一言警告を添えてくれる。
よく見ると、矢の先には赤色の小袋が括り付けられている。
――"炸裂矢"か。
矢の先端に結いつけた特殊な火薬が、着弾と同時に爆発する強力な矢だ。
騎士団が扱うような物なら、小さな岩くらい吹き飛ばす威力だろう。
慎重に狙いを絞り、矢が放たれる。
矢は勢いよく空を切り、正確に対象へと飛翔する。
しかし――
あと少しで着弾という所で、先程まで微動だにしなかった鉄の人形が素早く態勢を変える!
ダラリと降ろしていた腕をもたげ、その掌から一筋の光線が放たれたかと思うと――矢が空中で炸裂!
巻き起こった炸裂音と爆風に驚き人々から悲鳴が上がる。
『大丈夫です! 危険はありません。落ち着いて!』
近くに居た騎士が人々を落ち着かせる。
「――なっ!?」
目の前で起きた事が信じられず思わず声を上げてしまう。
ただの人形だと思っていた巨大な鉄の塊が、とんでもない速さで動き出し――しかも腕から何かを射出した訳だ。
「い、今のは、魔法!?」
「いや、それすらもさっぱり分からんのだ。今の爆発は"炸裂矢"によるものだが、あの光線自体も中々の威力のようだ」
隊長さんが道の脇にある岩を指さす。
見てみると、岩の一部が黒く焦げ拳程の大きさの深々とした穴が空いている。
どうやらかなりの高温で溶解したようだ。
「こ、これは中々」
実際には中々どころじゃない。
こんなもん食らったら生身の人間なんてひとたまりも無いぞ……。
「幸いなのは、見ての通り自らは全く動かず襲い掛かっても来ない事だ。橋を渡ろうとする者と、自らを攻撃してくる脅威を排除しようとするだけらしい」
やれやれと首を振る隊長さん。
「あんな物、いつの間に運び込まれたんですか? 夜中の内にこっそり……にしてもあれだけの大きさの物、人目につかずに運ぶのは無理そうに思いますけど……」
「それも分からん。話によると今朝の段階では何も無かったはずなんだが、昼過ぎくらいに突然現れたそうだ。誰がどうやって運んできたのかも当然不明」
兄さんも頭を抱える。
「我々も街道警備の帰りだったんだがな。こいつのせいで王都へ帰還出来なくなってしまってな。迂回して王都へ援軍を呼びに行かせてはいるんだが……何せ状況が状況だけにどんな報告を上げて良いかも分からん。これは時間がかかりそう、という訳だ」
隊長さんと兄さん、揃って溜め息をついてしまう。
確かにここから迂回して王都となると結構な距離があるな。
成程。それで手近なところで、町から俺を呼んだって訳か。
「どうかな、錬金術の観点から何か思い当たる節などはあったりしないだろうか?」
改めて隊長さんに問いかけられる。
「いや……思い当たる節と言われても……さすがにあんなの錬金術のレシピでも見た事ないですよ。……お前は?」
隣で引きつった顔をしているティンクにも聞いてみる。
「同じくサッパリよ。そもそもアレ、動力はどうなってんのよ? 魔力じみた力を感じなくはないけど……あんなわけわかんない物、初めて見たわ」
お手上げといった様子で肩をすくめるティンク。
「……そうか、"欲名"持ちの錬金術師殿でも見当がつかないとなると、いよいよお手上げだな。――仕方ない、アイツの気が変わるまでここで野宿という訳にもいかんだろう。日が暮れる前に町まで撤退だ。ジェイド、先導を頼む」
「分かりました! ――皆さん、聞いてください! 時間がかかりそうなので一端付近の町まで戻りましょう! 私の故郷で、小さな町ですが宿もあります。色々事情はおありと思いますが、今日は一端そちらで休憩を――」
兄さんが人々に声を掛けて回る。
天気は良いとは言え、日の短いこの時期。
今から迂回して王都を目指すよりは町に戻った方が賢明だろう。
口々に不満を漏らしながらも人々も身支度を始める。