ex01-01 わけの分からないモノ
※ 閑話です。
時系列としては、9章と10章の間(チュラ島から戻ってきた後)のお話しになります。
「あー、暖かぁ~い」
カフェのテーブルに突っ伏したティンクが呑気な声を上げる。
窓から差し込む陽光を浴び、昼寝中の猫ように背伸びをしている。
冬も近づき寒い日が増えてきたが、ここ数日は比較的暖かい日が続いている。
――チュラ島から戻って以来、特に大きな仕事も無く何とも穏やかな日常だ。
便利屋を訪れるお客さんもおらず、カフェのハイタイム以外は店も開店休業状態。
チュラ島の件で、しばらく大きな仕事は無くてもいいかなぁ~なんて思ってはいたが……そろそろ何か依頼が無いとまずくはある。
とは言え。
とりわけ平和が売りのモリノ。
そう都合よく大きな事件が起こる訳がない。
「あ~……。さすがに退屈だな」
思わず口に出して呟く。
それを聞いたティンクが机にもたれたまま上体も起こさず噛付いてくる。
「アンタ、暇なら素材採取でも行って来なさいよ。最近大きな事件も無いし、店に居てもどうせお客さんなんか来ないわよ」
「いやいやティンク。事件ってのは総じて突然起こるもんだぜ。『はい! もうすぐ起きますよ!』なんて予告して起こる事件なんて聞いた事ないだろ? こうして店番してるのも立派な仕事なんだよ」
いくら天気が良いとは言え、こんな寒空の下素材採取なんてまっぴら御免。
適当な理由をつけて話を濁す。
……だが、それが良くなかったのかもしれない。
迂闊な事を口にすると案外と現実になったりするものだ。
唐突に――勢いよく店のドアが開かれる!
騒がしい金属音を立てながら、ドカドカと足音を立てて一人の男性が駆け込んで来る。
「マグナス! 居るか!?」
真新しい鎧に身を包んだ騎士。
その人物は……とても見覚えのある顔だった。
「に、兄さん!? どうしたの突然? ……休暇?」
駆け込んで来たのは、この度めでたく騎士団入隊が決まり、春から王都で勤務しているはずの実兄だった。
顔を合わせるのは迎夏祭以来だから……随分と久しぶりだな。
ドアは静かに開けるよう以前ティンクに説教されてたはずだけど、相変わらずみたいだ。
呑気にそんな事を考えていると、随分と慌てた様子で兄さんが詰め寄って来る。
「それどころじゃない! 仕事の依頼だぞ、騎士団から!」
「……仕事? 騎士団から? ――俺に?」
陽気な昼下がり、うたた寝してしまいそうな程気の抜けていた所への突然の話。
思考がまだ追いついてこない。
「そうだ! 依頼内容は――あぁ! 口で説明するより実際に見せた方が早いな! 馬車に乗れ! 直ぐに出発だ!」
まだ仕事を受けるとも言ってないのに、あれよあれよと店の外へと追い立てられる。
勢いは相変わらずだなぁ、兄さん……。
そんな事を思いながら、ティンクと2人。
半ば無理矢理馬車に詰め込まれ店を後にするのだった。
―――
馬車に揺られる事、暫し――。
王都へ向かう街道の途中に人だかりが出来ているのが見えてきた。
付近で馬車を止め、兄さんに連れられ人々の脇を通り抜けて行く。
集まっているのは、徒歩で王都を目指す旅人や、乗合馬車の乗客。
行商の荷車に、森狼便のモリオオカミ達まで。
立ち往生しているようで、皆口々に何やら騒いでいる。
『なぁ、これ迂回した方が早くないか?』
『いやーでもここ通らないと川渡れないし。隣の橋まで行ったら相当な遠回りだぞ』
話からするとどうやらこの先にある、町と王都を結ぶ最寄りの橋が通れないらしい。
確かにあの橋が渡れないとなると、隣の橋までは森の中の旧道を抜けてさらに行かないといけない。
魔物も出るし、今からとなると森の中で野宿という事にもなりかねないだろう。
『全く、騎士団は何してんだよ。いつまでも見てないでさっさと退治しろよー』
『てか、何が出たって? 魔物?』
『いや、それがよく分からないそうなんだ。他国の新型兵器かもしれないって』
『えぇ……やめてよ。今更戦争とか嫌よ』
兵器……?
何やら物騒な話も聞こえてくるが、つまりは魔物か何かが街道を閉鎖してしまってるって事か。
随分と待たされているのか、人々は口々に不満を漏らしている。
……とはいえ基本的に温厚でのんびりとした性分のモリノ人。
暖かい天気を幸いと、馬車の側に寄り合って日向ぼっこがてら世間話しに勤しんでいる。
「――隊長、連れてきました!」
街道を閉鎖する騎士団の一行。
その中で一際立派な鎧に身を包んだ男性に兄さんが声を掛ける。
「おぉ、戻ったかジェイド! ――そちらが噂の弟さんか? 初めまして、騎士団第12小隊長のダリアだ。ご協力感謝する」
俺達を見た壮年の男性が、ニコリと笑顔を向けながら手を差し出してくる。
騎士団というのは堅物ばかりかと思っていたけれど、中々に気のよさそうなおじさんだ。
「初めまして。マグナス・ペンドライトです。兄がお世話になっています」
いきなり"協力感謝する"とか言われて面食らいはしたが、兄さんの上司に失礼な態度を取るわけにもいかない。
素直にその手を取り握手を交わす。
「――それで隊長、様子はどうですか?」
「……あぁ。依然自発的な動きはなしだ。こちらの攻撃も一切受け付けないし――全くもって打つ手なしだな」
やれやれと首を振る隊長さん。
「あの、すいません。実は何のために呼ばれたのかも聞いてなくて……事情を詳しく教えて貰えますか?」
兄さん達の会話に割って入る。
「ん!? 何だ、そうだったのか!? ジェイド、いくら家族とは言え一般人に協力を仰ぐのならば説明は充分にと……と、説教は戻ってからだな。――さっそくで申し訳ないが、あれを見て貰えるか」
そう言って隊長さんが少し先の路上を指さす。
その先には――
……何だ、あれ?
一言では形容できない、得体の知れない物体が立ちふさがっていた。