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10-31 賢者の意志

「――何で!?」


「あのラージーをもってしても"奇跡"だったのよ。素材、手法、手順を色々に変えて試行錯誤しながら作り上げたそうよ。工程が複雑すぎていったい何が正解で何が不要な工程だったのかも分からない。おそらく錬成する度に違う作り方になる、って言ってたわ」


「つまり……レシピが存在しない?」


「そう。錬金術師がその腕と経験を元にその場限りで作り上げるしかないそうよ」


 長年追い求められてきた"賢者の石"のレシピ。

 その答えは――"無い"という事だ。


 伝説の錬金術師であるじいちゃんがそう言うんだ。

 まず間違いないだろう。


 けれど、それってつまり――



「じゃあ、お前を使っちゃったら、もう二度と出てこれないって事だよな。……いいのか?」


「いいもなにも――これが私の使命よ」


 椅子を取り出し座りながら釜の様子を眺めるティンク。

 隣の椅子に座るよう勧められ、お湯が沸くまでの僅かな時間を並んで待つ。



「そうね……この際だから話しておくわ。私が造られた理由」


 パチパチと燃える薪の火が、ティンクの顔を優しく照らす。


「――始まりは……前にも言ってたけど、ラージーとエイダンが私の錬成に成功したところよ。本人達はおっぱい、おっぱい、ってバカな事言ってたけど、元は“賢者の石”の研究だったのよ。“個体・液体・気体の状態を併せ持つ”、“常に内包している情報が更新される”そんな物をどうやって作ろうかって考えたときに、『もしアイテムが生きてたら』って発想に行きついたそうよ」


 さすが……その発想にたどり着くのは先にも後にもじいちゃんくらいだろう。


「それで、莫大な研究費をかけて錬成された“最初のアイテムさん”が私よ。"賢者の石"の錬成成功、それを知った大臣達はそれはもう大喜びだったわ。これで戦争に勝てる、いやこれならモリノが世界を支配できる! ……ってね」


 なるほど。

 何となく話は見えてきた。

 人間、力を持つとろくなことにならない訳だ……。


「でもラージーとエイダンは最後まで私を戦争に使う事に反対したわ」


「じいちゃん達は、元々賢者の石を戦争に使うために作った訳じゃないのか?」


「えぇ。あの2人は本当に錬金術への好奇心と……おっぱいの事しか考えてなかったそうよ。だから尚更、作り上げた後の事は考えてなかったみたいね。エイダンは『これは人が扱うには過ぎたる力だ』って。ラージーは……あなたと一緒で『錬金術を戦争の道具にしたくない』って猛反対していたわ」


 そうか。

 国の事を考えると自分勝手に取られるかもしれないけど……なんかじいちゃん達らしいな。


「とはいえ……いよいよ戦争は激化。サンガクの猛攻を受け、このままじゃモリノが負けるって所まで来たのよ。戦争に負ければ当然私の存在も知れる事になり敵国に渡るはず。見ず知らずの輩の言いなりになるくらいなら――って、私から言い出した事もあって、ついに“賢者の石”を使う事を決めたのよ。その時に、私を素材にして作り出されたアイテムが“ヤオヨロズ”」


「――なるほど。それで兵力で明らかに劣るはずのモリノがサンガクに逆転大勝利を収めたって訳か」


「えぇ。ラージーとグレイラットが単身で奇襲をかけて、敵陣のど真ん中で"ヤオヨロズ"を放ったの。だから事の真相を知る人も少ないわ」


 戦争史に残る大逆転劇――モリノのサンガク迎撃戦。

 今でもその真相は明らかになっておらず歴史に残るミステリーとされてきたけど……真実はそういう訳だったのか。



「こうしてモリノは戦争に快勝し、世の中も平和になった。めでたしめでたし……となるはずだったんだけど。モリノは知らないうちにもう一つとんでもない問題を抱えてたという訳ね」


「……秘密裏に開発されてた"魔神"だな」


「そう。もしあれが暴れ出した場合、対抗できるのは“ヤオヨロズ”だけだろうって事で、ラージーは余生を費やして賢者の石をもう1つだけ錬成したの。後世に……つまり、あんたに私を託した訳ね」


「はぁ。なんでまたそんな大役を俺に……」


 改めて聞くと、とんでもない責任を押し付けられたもんだ。


「魔神とは方向が違うとはいえ、"賢者の石"も使い方によっては世界のバランスを大きく崩す危険なアイテムよ。だから、使う人間が信用に値する人物か確かめて欲しい。それをエイダンに託して、釜と私をこの工房に封印したそうよ」


 なるほど……髭じぃも知ってたのか。

 そういえば、初めてこの工房に入ったとき何か壊れたような気がしたけど、あれは封印だったのか。


 これで疑問に思ってた事が全て理解できた。


「――まぁ、そんなわけで私もようやくこれでお役御免。あんたのお陰で無事使命も果たせそうね。あとは――あんたが勝ってくれる事を祈るだけよ」


 小さく息を吐き立ち上がるティンク。

 見れば釜のお湯は充分に沸騰していた。




「なぁ――最後にもう1つだけ教えてくれ」


「え!? まだ何かあるの!?」



 ちょっと苛立ったようなその顔を見て思い出す。

 笑ったり怒ったり、毎日楽しそうに店先に立つティンクの姿。

 これからどうやってお店を大きくしていこうか。

 そんな話もしょっちゅうした。



『――お前はこれでお終いでいいのか?』



 ……いや違うな。

 その問いを投げかける相手はティンクじゃなく、俺自身にか。


 いいのか……と言われれば、良い訳ない。


 でも、そんなのは俺の我がままだろう。


 ティンクは己に課せられた使命を全うしようとしている。

 それを止める権利が俺にある訳ないじゃないか――。




「――錬成って、お前を釜にぶち込むのか?」

「そんな訳ないでしょ!!」



 咄嗟に出た誤魔化しの質問だったが、ティンクに強めに頭を叩かれてしまった。

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