10-29 マクスウェルの孫
魔人を真っすぐに見据え、マグナスが合図を下す。
それを受け前に歩み出る魔導士の恰好をした女性。
その手に握られた杖には、2匹の絡み合う蛇が赤い宝石を冠したデザインが施されている。
「――そ、それは!? "カドゥケウスの杖"」
あからさまに動揺を見せる魔人。
「そう。かつてじいちゃんがお前を封印したアイテムだ。もう一度、眠ってもらうぞ――」
マグナスが言い終わるより前に、大地を蹴り魔人が襲い掛かる!
しかし、最後の抵抗も空しくその突撃は"ヒルドルの盾"を持った女騎士に防がれてしまう。
"カドゥケウスの杖"が天へと掲げられる。
赤い宝石から閃光が走り、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がっていく。
その間も両手を振り回し足掻く魔人。
魔神の猛攻を受け、さすがの伝説の盾も徐々にひび割れていく。
しかし、魔人の反撃もここまで――
天に描かれた深紅の魔法陣が完成するなり、幾重にも降り注ぎ魔人の周囲を取り囲んでいく!
「お、おのれぇ! おのれぇぇぇ、マクスウェル!! まさか2度にも渡りこの私を――!!」
その断末魔は錬金術師ヘルメスのものなのか、それとも魔人自身の意志なのか。
獣の咆哮にも似た叫びを上げ、最後の力を振り絞り暴れ回る魔人。
「放せぇぇ!! 私は神だぞ!! この世に君臨し、憎き人間どもに裁きを――」
結界に押さえつけながらも、空気を揺るがす程の雄叫びを上げ暴れ回る魔神。
そこへ"エクスカリバー"と"ロングソード"の騎士が同時に斬りかかる!
「往生際が悪い!」
「これでおしまいよ!」
放たれた剣閃を十字に受け、魔人は天を仰ぎながら崩れ落ちていく。
その目が見つめる先には満天の星空。
最期に天高くを目指し伸ばしたその手は、一体何を掴もうとしたのだろうか……
立ち昇る魔法陣の光の中で、その身を赤い破片に変え徐々に姿を失って行く。
やがて光が収まると――その場には、封印に囲まれた赤色の液体だけが、ただ宙に浮かび残っていた。
―――
「――や、やりおった! まさかとは思ったが……」
髭じぃが慌ててこっちに駆け寄ってくる。
「まさか、は無いだろ。信じてたんじゃないのかよ」
そう言い返しながらも、あの魔人に勝てたのが自分でも信じられずまだ手が震えている。
まったく、実際に戦ってくれたのはアイテムさん達なのに、俺がこんなにビビってただなんてカッコ悪くて示しがつかないな。
『……勝ったのか?』
『あ、あぁ。勝ったんだよな!?』
周囲の騎士達がざわめき出す。
「皆の者、ご苦労だった! 危機は去った――我々の勝利だ!」
髭じぃが声高らかに勝利を宣言する。
『――うぉぉぉ!』
『やった! モリノ……いや、世界の危機を救ったぞ!』
『我々の勝利だ!!』
その場に居合わせた全員が勝利の歓声を上げる。
「信じてはおったが……本当にやってのけるとは。いやはや、さすがラージーの孫じゃ」
力強く俺の肩に手を置く髭じぃ。
「まぁ、魔人1人に対してこの多数……ちょっと卑怯な気もしたけどな」
ようやく安堵してホッと肩を撫で降ろすと、ロングソードさん達が俺の元に集まってくる。
「元々義理も道理もあったような戦いじゃない。気に病む事はないだろう」
剣を仕舞いながら俺を気遣ってくれるロングソードさん。
「街中の魔物も無事に殲滅されたようです。復興にはそれなりに時間がかかりそうですが……モリノほどの大国なら容易く成し遂げられるでしょう」
「過去に幾度となく戦争を勝ち抜いた国だ。心配はいらないさ」
"カドゥケウスの杖"さんと"グングニルさん"が、喜びに湧く騎士達を見渡しながら言葉を交わす。
「それにしても、せっかくこうして呼び出して貰ったのにもう戻らないといけないなんて退屈ね」
エクスカリバーさんが剣を仕舞いながら呟く。
「まぁまぁ。滅多にお目にかかれないからこそ"伝説"なんだ。用が済んだならさっさと帰るとしようぜ」
"ミョルニルさん"が"エクスカリバーさん"を宥める。
「ではな主殿。達者でな」
「もし機会があれば、今度はゆっくりお話しましょ」
そう言い残して各々に消えていく伝説のアイテムさん達。
その場にはロングソードさんだけが残った。
寂し気な笑顔を浮かべじっと俺を見つめるロングソードさん。
「……短い間だったが、世話になったな」
「いえ、こちらこそ」
「……出来ればで良いが、毎日少しずつでも剣術の稽古は続けてくれると嬉しい」
「分かりました――師匠」
そう言って頭を下げると、ロングソードさんは少しおかしそうに笑う。
「では――さらばだ」
一言言い残し、ロングソードさんも光に包まれ空へと消えていく。
その場に1人取り残された俺の周りに、一気に人が押し寄せてくる。
『マグナス殿! 何ですか今の方々は!? まさか空間転移の魔法!?』
『それよりも、是非ご一緒に祝賀会を!! ゆっくりお話をお聞かせ願いたい!』
『かの"賢人マクスウェル"のお孫さんというのは本当ですか!?』
興奮した騎士達にあっという間に取り囲まれる。
「あ、いや、すいません! 俺すぐに行かないといけなくて!」
慌てて人の輪から抜けようとするが、完全に取り囲まれ身動きが取れない。
激しい戦いの後で、皆興奮覚め止まないといった様子だ。
「す、すいません! 急いでて――」
どうにか人の波を掻き分けていると、突如としてグイっと腕を引っ張られる。
見ると、髭じぃが俺の腕を掴み人混みから引き出してくれた。
「……早く行くんじゃ。すぐに早馬を用意させる。今ならまだ間に合うじゃろ」
いつになく真剣な目で頷く髭じぃ。
「――分かった!」
用意して貰った馬に乗り、大急ぎで王都を後にする。