10-29 錬金術の頂
「雑兵とは言ってくれる。だが――"神槍グングニル"の威力を味わった今、もう一度同じ事が言えるか?」
マグナスの傍らに立っていた騎士が僅かに笑みを浮かべながら言い放つ。
彼女が手を開くと、槍は魔人の元から消え去りその手に戻る。
その瞬間、魔神の口からは血が噴き出し地面へと両手をつき倒れ込む。
「――"神槍グングニル"!? バカな……素材も製法も失われた伝説のアイテムのはず――」
そこまで言って魔人がハッと顔を上げる。
見ると、女騎士達はそれぞれに異なる武器を構えている。
七色に輝く長剣。
ガラスのように透き通った盾。
黄金の鎚。
「まさか……"エクスカリバー"に"ヒルドルの盾"、"ミョルニル"――全て錬金術における伝説のアイテムだというのか!?」
狼狽える魔神に向け、それぞれの武器を構え直す女騎士達。
「ふ、ふん。……成る程、私とした事が取り乱しました。そんな偽物を用意して私の注意を引こうとは、なんとも浅はかな――」
腹部の傷を癒やし魔神は再び立ちあがろうとする。
そんな魔神を尻目に、透明に光輝く盾を構えた騎士が、その盾を天へと掲げる。
盾から眩い光が放たれ、それは夜空で収束し程なくして光の雨が戦場に降り注ぐ。
雨の輝きに包まれた兵士達の傷が次々に癒えていく。
それどころか、既に事切れた兵士達の亡骸も光に包まれ元通りに息を吹き返していく。
「こ、これは!? 戦死者を蘇らせるという“ヒルドルの盾”の力――」
目の前で起きた奇跡に戸惑い始めて焦りの色を呈する魔神。
「――あんたも錬金術師の端くれなら分かるだろう。インチキなんかじゃない、全部本物だよ」
女騎士達の先頭に立つマグナスが言い放つ。
「バ、バカな! たった1つでも錬成に成功すれば後世に名を残せるような神器の数々だぞ! こんな事があり得る訳が――」
膝をつき、慌てて立ちあがろうとする魔神だが、今度はその真紅の翼がみるみるうちに崩れ落ちていく。
「なっ!? ――何が起きている!?」
自分で状況が掴めないのか、焦りと怒りの織り混ざった顔でマグナスを睨みつける魔神。
「分からないか? お前が街に放った魔物がどんどんと撃破されてんだよ」
「――そ、そんなはずは!?」
ハッと我に返り辺りを見渡すと、大量に居たはずの褐色の魔物は既に1匹たりとも残っていない。
魔人は慌てて天を仰ぎ、周辺の気配を探る。
……街中に無数に放ったはずの魔物達も、もう殆ど残っていないようだ。
「き、貴様! 何をしたぁぁ!?」
自ら問いかけておきながら、その返答も待たず怒りのままに魔神はマグナスに向かって飛び掛かる!
しかし、その一撃は傍らで控えていたロングソードの騎士にあっさりと止められてしまう。
「“魔人”の力は確かに強大だ。それこそ無限に近い力がその身に宿ってるのかもしれない。……それに比べたら俺たち人間の力なんてちっぽけなもんだ」
静かに話し始めるマグナス。
その傍で、"エクスカリバー"を携えた騎士が魔人を大きく斬り付ける。
「グ、グオォォォオ!!」
傷口から大量の血を流しフラフラと後退する魔人。
「……強さってのは何も腕力や生命力だけを指す訳じゃない。人の力じゃ到底倒せないような大木も斧があれば切り倒せる。素手では到底動かせないような岩もテコがあれば動かせる。人間はそうやって道具と強力してここまでやってきたんだ」
聖剣の斬撃を受け、再生能力が追い付かないのか魔人がついに膝を付く。
ゼェゼェと息を上げ、立ちはだかるマグナスを睨みつける。
「だから何だというのだ……だからといって、これだけのアイテムを何処から揃えて来たというのだ!?」
目を血走らせ獣のような叫びを上げる。
「……あんたも錬金術師なら分かるだろ? ――錬成したんだよ」
「錬成だと!? バカな! こんな数のアイテム、錬成するのに何十年かかると思っているんだ!!」
混乱し声を荒げる魔人。
だがマグナスは至って冷静に言葉を返す。
「……なぁ、この世界にアイテムって何種類あると思う? ――派生品まで含めると実に数千種類に及ぶそうだ。その全てを一斉に錬成する。これがマクスウェルの秘術――“ヤオヨロズ”だ」
「そんなはずがあるか!! 滅茶苦茶にも程がある! だいたい、素材はどする!? 錬成に必要となる膨大な魔力は!? そもそも伝説のアイテムに至ってはレシピすら殆ど失われているんだぞ!! そんな、この世の法則を全て無視したような錬成をどうやって――」
そこまで言って、魔人は思い立ったように言葉を失う。
――方法なら1つだけあるではないか。
錬金術師ならば誰でも知っている。
この世の成り立ちに干渉し、"真理"を意のままに操り全ての法則を無視した錬成を可能にするアイテム。
誰もが知っているが、ただのおとぎ話と揶揄され誰もがたどり着けなかった錬金術の頂。
「まさか……マクスウェルは至っていたというのか――"賢者の石"に」