10-28 さすがはあの人の孫だ
「――さすがですね。“剣帝”の名は健在ですか」
右腕を切り落とされ、褐色の血をドバドバと流す魔神。
しかし、その顔から焦りは微塵も感じられず、それどころか楽しそうにグレイラットを見下す。
「いえいえ……そちらこそ。いったい何度切り刻めばダメージを負って頂けますかね」
手にした剣を一振りし、刃に纏わりついた魔神の血を払う。
「さぁ……ダメージですか。それは私にとっても興味深い話なのですが――残念ながら開戦から今のところ、正直ダメージらしいダメージがありませんでね」
魔神は困ったように首を振ると、切り落とされていた腕を取り込みあっという間に再生してしまう。
魔神の反撃を許すまいと、数多の魔法が放たれその全てが的確に命中する。
爆炎から濛々とした煙が立ち込めるが、魔法自体はどれも有効打にはなっていないようだ。
……だがそんなことは魔道士達も承知の上。
爆炎の合間を縫ってグレイラットが神速の斬撃を繰り出す。
魔法はあくまで目眩し。
せめて魔神の動きを一瞬でも止められれば充分という訳だ。
……しかし、それすらも魔神には通用しない。
自らの血肉で作り出した巨大な剣を、信じられないスピードで操りグレイラットの剣撃をすべかく防いでしまう。
「――なっ!?」
驚きのあまり飛び退き距離を取るグレイラット。
ここまで一方的に攻め続けてきたグレイラットが初めて引いた。
「……その攻撃はもう見飽きました。他には無いのですか?」
悠然と両腕を広げその場に居る面々を順に見渡す魔神。
その真紅の目に睨まれて誰もが尻込みする。
「……そうですか、ありませんか。――では、名残惜しいですがこの辺りで終わりにしましょう」
そう言って魔神が剣を大きく振りかぶる。
「――いかん!! 皆、退避を!!」
グレイラットが叫ぶよりも早く魔神が大きな袈裟斬りを放つ。
巨大な剣から放たれた放たれた斬撃は文字通り大地を裂き、地の底から湧き出たドス黒い波動が地を伝って襲い掛かる。
「ぬうっーー!!」
波動を剣で受け止めるグレイラット。
その背後では逃げ遅れた多数の兵士達が腰を抜かして倒れ込んでいる。
「今のうちに、早く退避をっ!!」
その声で我に返り、慌てて逃げ出す兵士達。
その間も黒い波動はグレイラットの身体を裂き、その全身から鮮血が飛び散る。
「……哀れな。貴方程の剣士が雑兵を庇って最期を迎えるとは」
未だ勢いの衰えない波動を受け止めたまま、身動きの取れないグレイラットの前に魔神が立ちはだかる。
「感謝します。貴方のお陰で多少なりと“神”の力を試す事ができました。雑魚の相手だけではこうはいかなかったでしょう。……では、最後に敬意を込めて。さようなら”剣帝グレイラット”」
魔神が再び剣を振り上げたとき――
グレイラットの背後から、七色の彩光を放つ斬撃が飛翔し、黒い波動を掻き消しそのまま魔神へと襲い掛かる!
「――!!」
即座に反応し斬撃を剣で受ける魔神。
ところが――その威力は凄まじく、手に持った剣を大きく弾き飛ばされてしまう。
宙を舞い地面に突き刺さった剣は、刃がこぼれ大きく欠けていた。
その惨状を見つめ、魔人が眉間に皺を寄せる。
「オリハルコンの強度すら上回る私の剣が欠けるとは……いったい」
砕け散った黒い波動が宙に解け辺りの様子が露になる。
グレイラットの背後に立ちはだかっていたのは、七色に輝く長剣を携えた女騎士だった。
その姿を見て、グレイラットが安堵の表情を浮かべる。
「――どうやら、間に合ったようですね」
がっくりと膝をつき倒れ込むグレイラット。
その肩を、別の女騎士が担ぎゆっくりと地面に座らせる。
騎士は長い金髪をたなびかせ、手には"ロングソード"を携えている。
「あぁ。遅くなってすまない」
「いえいえ。……さすがマグナス殿です。さすがはあの人の孫だ」
何処か誇らしげなグレイラットの言葉に、“ロングソードさん”は黙って頷く。
「……マグナス? ……あぁ、そういえばかの“賢人マクスウェル”の孫が居ましたね。警戒する程でもないと思い忘れていました。何処に行きましたか」
黙って話を聞いていた魔神が辺りを見渡す。
「ここに居るぜ」
声の方を見ると、そこには城の前で招待状を無くし滑稽に狼狽えていた少年が立っていた。
伝説の“賢人”の後継者ということもあり念のために下調べをしてみたものの……その気概は新人錬金術師そのもの。
祖父の名を騙るだけで、本人自体は“欲名”を持っている事すら疑わしい程のありふれた錬金術師だと断定した。
その判断は今でも揺らぎはしない。
……だが、その一介の錬金術師が、背後に無数の女騎士を付き従えて今目の前に立ち塞がっている。
「――1人だけ何処へ逃げたかと思えば。援軍を連れての登場ですか。しかもこれだけの美女を揃えてとは……"色欲"の名は伊達ではありませんね」
取り囲む女騎士達を見渡し、乾いた笑いを吐く魔人。
「しかし、雑兵が百、二百増えようが何の問題もありません。貴方方が全滅するまでの時間が僅かに延びるだけのこと――」
そこまで言って魔人がガクリと膝を付く。
「――!?」
信じられないといった様子で自らの身体を見下ろす。
その腹部にはいつの間にか巨大な槍が突き刺さっていた。