10-27 攻撃こそ最大の防御
「大丈夫ですか!? しっかり!」
倒れた騎士の肩を抱くリリア。
「どうしたの!?」
追いついたナーニャがリリアの隣にしゃがみ込む。
「わ、分かりません! 目立った外傷も無いみたいですし……」
「そうね――さっきも特に問題無さそうだったけど。……さすがに無理が出てきたのかもしれないわ。一旦後方まで運ぶわよ」
そう言って、兵士の肩を担ぎ立ちあがろうとしたとき。
(――!?)
突然目眩を感じ、ナーニャもその場にへたり込んでしまう。
「ナーニャさん!? 大丈夫ですか!」
驚いて声を上げるリリアだが、その声すらもナーニャは歪んで聞こえる。
(――何これ? 疲労……? 違う。この目眩……何かおかしい)
ぐわんぐわんと揺れる景色の中、どうにか顔を上げ周囲を見渡す。
すると、あちこちで同じように人々が倒れていくのが見えた。
(これだけの人数が同時に……まさか!)
改めて周囲を観察する。
目についたのは……醜く膨れ上がった肉塊のような魔物の死骸。
そこから紫色のガスが噴き出している。
(――しまった! 毒!!)
……迂闊だった。
本来毒というのは弱い生き物が強者から身を守るために使うもの。
まさか自らを“神”と豪語する魔人が毒を使ってくるとは。
周りを見ると、最初から居た狼型や鳥型の魔物の数は減り、いつの間にか骸骨やゾンビを模したアンデッド型の魔物が増えていた。
「ナーニャさん、私も、何だか……」
ナーニャの隣でリリアもパタリと倒れてしまう。
(これは……不味いわね。見た事もない魔物で、毒の成分も不明。普通の解毒剤が効くとも思えない……。今から成分を解析して解毒薬を錬成なんてしてたら到底間に合わないし……)
途切れそうになる意識を必死に手繰り寄せて考える。
けれど、どうしてもこの場を乗り切る案が思いつかない。
(どうしよう……身体が……痺れてきた……)
やっとのことで開いていた瞼が重くなり、徐々に視界がぼやけてくる。
そんな最中……
「あら、夜も遅いから皆さんお眠かしら。こんな所で寝たら風邪をひいちゃうわよ」
「そんな訳ないでしょ。毒よ。ほら、“万能薬”貸して。手分けして飲ませて周るから」
「……そんな事いって。どさくさに紛れて“惚れ薬”飲ませる気でしょ?」
「なんでそうなるのよ……」
殺伐とした戦場には到底似つかわしくない、フワフワとした会話が聞こえてくる。
どうにか目を開けると、綺麗なドレスを着た女性が2人、悠然と戦場を歩いている。
逃げ遅れた市民?
それにしては何処か浮世離れしたような独特の雰囲気が……。
そんな2人を目掛け、死角から魔物が飛び掛かる。
(――危ない!)
叫ぼうとするが痺れて声が出ない。
しかし――次の瞬間には魔物は宙を舞い遥か遠くまで吹き飛んでいった。
「あんたたち、戦場のど真ん中でぼーっとすんじゃないよ!」
筋骨隆々のシスターが、巨大な十字架を背負って彼女達の前に立つ。
信じられないが、どうやらあの十字架で魔物を打ち上げたようだ。
「だってシスターが居るんだから安全でしょ」
深緑色の髪の女性がニコニコと笑う。
「あのさぁ。アタシはこれでも補助アイテムなんだからね! 戦力としてアテにしてもらっちゃ困るわよ」
十字架を担ぎ直しながらため息をつくシスター。
「そんな事ないですよー。私なんかよりぜんぜん頼りになりますもん」
そんなシスターの傍から、小柄な女騎士が姿を表す。
その手には蒼白く輝くシルバーソードが携えられている。
「ちょっと! あんたは武器だろ! 甘ったれてないで行くよ!」
「ひーぃ」
シスターに首根っこを引っ張られ魔物の群れに突撃していく女騎士。
涙を浮かべ、時折悲鳴をあげながらおっかなびっくり戦うものの、その一撃は確実に魔物の息の根を止めて行く。
「ほら、貴女もコレ飲んで」
薄れ行く意識の中、何かの薬を飲まされるナーニャ。
明らかに怪しいが、最早抵抗する力すら残ってない。
――暫くすると、先程まで息をするのもギリギリだった呼吸が徐々に戻ってくる。
うっすらと目を開けると、丁度隣でリリアも目を覚ましたようだった。
「あの、ナーニャさん。何が起きたんですか?」
頭を押さえながらフラフラと立ち上がるリリア。
「私にも分からないわ……。ただ――」
辺りを見渡すと、あれ程居た魔物はその数を大幅に減らし、倒れていた人々も無事に意識を取り戻したようだ。
「一体何が……」
ナーニャが立ち上がると、遠くから聞きなれない雄叫びが聞こえてくる。
「ブォリァァァーー!!」
先程のシスターが十字架を振り回しながら魔物の群れを蹴散らしている。
十字架が一振りされる度に数匹の魔物が宙を舞い肉片となって消える。
その周辺では、さまざまな武器を持った女性が次々と魔物を討伐している。
皆相当の力量だ。
「……え、本当に何が起きてるの??」
訳も分からず、ナーニャ達は呆気に取られるのだった。