10-24 戦う人々
戦火に包まれるモリノ王都、その東部。
「皆さん、落ち着いてください! 慌てると危険です。押さずに東門より退避を!」
「負傷者をお連れの方はこちらへ! 我々が援護します!」
騎士団が指揮を取り市民の避難を急ぐ。
王宮から離れたこの辺りはまだ、魔物の数は少なく比較的安全なようだ。
とはいえ、静寂の中突如響いた爆音と闇夜を照らす炎。
それに夜風に乗って王宮から聞こえてくる喧騒に住民たちは訳も分からず混乱している。
――混乱しているのは騎士達も同じだった。
長きに渡り戦乱から遠のいていたモリノでは、実践経験の無い騎士も少なくはない。
王宮警護にあたるベテラン騎士ならまだしも、街を警邏する若い騎士となれば尚更だ。
普段から鍛錬を重ねているとはいえ、突如訪れた紛争さながらの緊急事態に指揮は乱れ兵団としての体をギリギリ成している程度だ。
「ジェイド! ジェイド・ペンドライトは居るか!」
「はい、小隊長!」
ジェイドは駆け足で小隊長の元へと向かう。
――かつての英雄、そして罪人でもある“賢人マクスウェル”の孫として、入団当時からなにかと注目を浴びていたジェイド。
けれど、その愚直なまでの誠実さから今では同僚、上官共に一目置かれる存在となっていた。
「お呼びでしょうか!」
駆け寄ると、小隊長は小さな女の子を傍に連れていた。
「この子を頼む」
そう言って託されたのは、ぬいぐるみを片手に持ちパジャマ姿のまま泣きべそをかく少女。
「あの……その子は?」
「……親と逸れたそうだ。ここに残しておく訳にもいかん。街の外まで連れて行ってやってくれ」
何故か少女から顔をそむけ、心なしか複雑な表情で命令を下す小隊長。
その様子に些かの疑問を抱いたジェイドだったが、騎士団において上官の命令は絶対。
直ぐに敬礼をして返事を返す。
「分かりました! 必ず街の外までお連れします!」
「頼んだぞ。……なぁ、ジェイド。お前は優秀だ。俺はずっとお前を分隊長に推してたんだがな。家の事でどうこう言う頭の固い老人たちが居てな。ここでしっかりやりきりゃ上も文句は言わないだろ。……気を付けてな!」
そう言って小隊長はジェイドの肩を叩く。
(いつも厳しい小隊長がそんなふうに思って下さったとは!)
激励の言葉に感激しつつ、胸に手を当て敬礼を交わす。
邪魔にならなちよう道端へ身を寄せると、ジェイドはしゃがみ込んで少女の顔を覗き込む。
「こんな夜中にびっくりしたね。俺はジェイド。君の名前は?」
気さくなジェイドの笑顔に釣られ、ずっと不安げな表情を見せていた少女もぼそりと口を開く。
「……システィ」
「そうか、素敵な名前だ! こっちの子は?」
そう言ってシスティの持ったウサギのようなぬいぐるみを指さす。
途端に、システィが嬉しそうに少し笑顔を浮かべる。
「キャロ! 友達なの」
「そうか、よろしくな! じゃぁ、システィとキャロ。2人ともお兄ちゃんが必ず守ってあげるから、離ずについてきて!」
「……分かった!」
そっとシスティの手を取ると、小さな手がギュッと握り返してくる。
……騎士団に入ってもうすぐ1年。
平和なモリノではこれといって大きな事件もなく淡々と訓練に明け暮れる日々を過ごしてきた。
平和なこと自体は素晴らしい。
だが、祖父の汚名を晴らそうと躍起になっていたジェイドにとっては、市民の役に立てない現状を歯がゆく思っていた。
そんな矢先、突如として起きた異常事態。
――聞けば、凶悪な魔物が王宮を襲撃したそうだ。
運の悪い事に、今日は王宮で著名な錬金術師達を招いての晩餐会が開催されていたはず……。
(マグナスも呼ばれたって母さんから手紙が来てたけど……無事だろうか)
遠くに見える王宮を見つめ、安否の分からぬ弟に思いを馳せる。
「……お兄ちゃん?」
ふと我に返ると、手を繋いだシスティが不安そうにこっちを見ている。
「おっと、ごめんよ。それじゃあ行くぞ! しっかり手を繋いでてね」
グローブごしに、その小さな手をしっかりと握る。
――あいつなら大丈夫だ。
優秀な弟だもの。
今はこの子を守るために全力を尽くそう!
キッと前を見つめると、ジェイドは避難する人達が集まる東通りに向け走り出した。
――その時
「――! 待て、ジェイド!! 戻れッ!!」
後ろから小隊長に呼び止められる。
何事かと思い振り返ると……背後から石壁が崩れる大きな音が!
慌てて再び振り向くと、行こうとしていた先で民家の外壁が崩れ落ちている。
濛々と立ち込める砂埃の中から姿を現したのは……トカゲ型の大型の魔物。
――逃げまどう住人を丸呑みにしている!
素早く伸びる真っ赤な舌に絡みとられ、生きたまま食われる住民。
慌ててシスティの顔を手で覆う。
犠牲になったのは父親だろうか。
側で母親と息子と思われる2人が悲鳴を上げ地面にへたり込んでいる。
「――クソッ!」
剣を抜き応戦に向かおうとするが――駆けつけてきた小隊長に止められてしまう。
「待て! お前はその子を連れて逃げろ! ――他に手の空いてる者は俺と一緒に来い! 助けられる住民から誘導だ!」
「し、しかし小隊長!」
詰め寄るジェイドに、小隊長はぐっと顔を寄せて呟く。
「――頼む!! ……別れた前の女房との子なんだ。小さい頃の話だから、本人は俺の顔も覚えてないみたいだが」
そう言ってシスティをちらりと見る小隊長。
システィは怯えながらジェイドの後ろに隠れたままだ。
「任務に私情を持ち込むべきではないのは重々承知だ! ……俺が教えたんだもんな。はは、俺は旦那だけじゃなく騎士としても失格だな。もし無事に帰ったら辞表を書くから――だから、頼む!!」
拝むように深々と頭を下げる小隊長。
「……分かりました。この事は別に俺が黙ってれば済む話です。代わりに――」
小隊長の肩を抱いて頭を上げさせる。
涙を浮かべキョトンとする小隊長。
「必ず生きて帰ってきてください!!」
そう言い残すと、ジェイドはシスティの手を引き、大通りを避け裏道から東門を目指した。