02-02 コンビエーニュ森林で植物採取
穏やかな日差しの元、人気の無い小道を歩く。
「いい? もし魔物が出てきたら、“木の盾”ちゃんが前に出て攻撃を防いで、私がご主人様の逃げ道を確保する作戦だからね」
「うん、わかったよ“麻の服“ちゃん! 頑張ってみる!」
もしもの戦闘に備えて入念にお互いの動きを確認しつつ、先頭を行く麻の服ちゃんと木の盾ちゃん。
小さな身体にはいささか重そうな"木の盾"を両手で構える木の盾ちゃんに対し、麻の服ちゃんはその辺で拾った木の棒をブンブンと振り回しながら歩いて行く。
――ここにきて“マクスウェルの釜”の便利さが少し分かってきた。
ティンクに教えて貰い知ったのだが、錬成時に必要量を超える魔力を追加注入する事でアイテムさん達の出現時間を延ばす事ができるのだ。
錬成するアイテムにより必要な量はまちまちだけれども、木の盾ちゃんや麻の服ちゃんのような基礎的なアイテムならば俺の魔力量でも半日分程は出ていられるらしい。
つまり――これで即席のパーティーが組める。
素材採取みたいなフィールドワークには随分と有難い能力だ。
張り切るちびっ子2人の後ろを、時折あくびをしながらさも面倒くさそうに歩くティンク。
嫌なら来なくていいって言ったのに、たまには外に行きたいと無理矢理ついて来た訳だが……。大して変わり映えのしない風景にもう飽きてしまったご様子。
歩きながら、念のためこちらの戦力を確認をしておく。
ティンクがまともに戦えるとは思えないし、戦力からは除外。
……とは言え、実の所俺も戦闘はからっきしだ。
剣術は勿論、攻撃魔法も補助魔法もダメ。
本職は錬金術師なんだから戦闘は仕方ない……とは思うものの、少々コンプレックスではある。
となると実質的な戦力は前を行くちびっ子2人だけか。
うぅ……情けない主人でごめんよ、2人共。
一応、いざという時の手は用意してあるから。
――懐に仕舞ってあるポーションにそっと手を当てる。
"ロングソード"のポーション。
工房にあった鉱石と金属類でどうにか1本だけ生成する事が出来た、唯一の武器。
これで万が一の戦闘もどうにかなる。……かと思ったが、ティンクから気になる忠告を受けた。
『いい? 防具や薬はともかく、武器の錬成は特に慎重に行う事。実際のアイテムでも、麻の服や木の盾で怪我する人なんていないけど、刃物や爆発物の扱いを間違えて大怪我、って事はあるでしょ? ――それと同じ。武器を呼び出した時、もしあんたが主として相応しくないと見限られれば――最悪、切りかかってくるわ』
……最初は悪い冗談だと思った。
だって自分が作ったアイテムに襲われて死ぬ錬金術師なんて洒落にもならないだろ。
けれど――ティンクの顔は大真面目だった。
ビビる俺を見て流石に気を遣ったのか――
『……まぁ実際のところ、問答無用で首を刎ねに来るようなアブナイ奴はそんなにいないわ。ヤバい魔剣でも錬成しない限りは大丈夫なはずよ』
そう言って笑いながらフォローしてくれたけど……え、マジ?
場合によっては首を刎ねられて即死もあり得るって事ですか……。
懐のロングソードのポーションをそっと撫でる。
お願いですから殺さないで。
そんな激過激な死に方をしないためにも、魔物の痕跡をなるべく避けて慎重にルートを選びながら、前を行くちびっ子達に進行方向の指示を出す。
―――――
やや遠回りにはなったが、幸い魔物に襲われる事なく目的の森林へたどり着くことができた。
「よーし、着いたぞ! 今日の目的地、コンビエーニュ森林だ」
――“コンビエーニュ森林”
街から最も近い探索ポイントの1つ。
魔物も生息する少々危険な原生林だが、薬草や果実、キノコなど錬金術に使用する植物系素材が多く手に入る。
残念ながら、取れる素材は基礎的なものばかりでレア素材が見つかることは滅多に無い。
その代わりに出現する魔物も弱い物ばかり。
なので駆け出し冒険者が修行に来たり、街の道具屋が小遣い稼ぎで採取に来たりと、初心者に手頃なダンジョンとして有名だ。
さっそく中へと分け入っていく。
森の中はそれ程入り組んではいない。
太陽の光が明るく差し込み、時折り小鳥の囀りや小動物が草花を揺らす音が聞こえてくるような穏やかな雰囲気。
これなら必要以上にビビることもないだろう。
半ばピクニック気分でどんどんと奥へ進んで行く。
「仮にもダンジョンっていうくらいだからどんな感じかと思ったけど。案外のどかな場所じゃない」
「空気がひんやりとしてて気持ちいいですねー」
その辺に生えてた赤い木の実に手を伸ばしながら、ティンクと木の盾ちゃんが呑気に呟く。
「ちょっと2人共! いくら初心者向けとは言え、魔物が生息するダンジョンですよ! あまり気を抜かないでください!」
木の棒を構えた麻の服ちゃんが、周囲を警戒しながら2人に釘を刺す。
「まぁ、ダンジョンっても昔から初心者の修行に使われてきたごくありふれた森だからな。人も多く分け入ってて小道もたくさん出来てるし。そうそう危険な目には合わねぇよ」
「そ、それなら良いんですが……」
俺に諭されやや不服そうに口を尖らせる麻の服ちゃん。
「……とは言え、入り口付近でたむろしてても仕方ない。入り口付近や林道沿いは人通りが多い分アイテムも取り尽くされてるからな。もう少し奥の方まで入ってくぞ!」
麻の服ちゃんの頭をポンと撫で、小道から外れ適当な茂みの中へと入って行く。
……
麻の服ちゃんが先頭に立ち、手に持った棒で邪魔な小枝などを避けて道を作ってくれる。
この子、暖かいだけが取り柄かと思ってたけど――ティンク曰く、実は結構な頑張り屋だそうだ。
"ご主人様を守る最後の砦"という使命を自身に科しており、俺に怪我をさせまいと張り切っているらしい。
それ自体は嬉しいし頼もしい。
実際にそのお陰で俺自身は擦り傷一つ負うことなく進んで行けるんだけど……道なき道をかき分けて進む麻の服ちゃん自身は、小枝や木のトゲなんかでどんどん小傷を負っていく。
「ち、ちょっと麻の服ちゃん! そこ、また擦り剝いてるよ。危ないから俺が前に行くって」
「お気遣いありがとうございます! けれど、私の役目はこうやってご主人様を怪我から守ることなんです。それに……安心してください、もし私がボロボロになっても、錬成し直して貰えれば次はまた新品で現れるんで」
そう言ってニッコリと笑う麻の服ちゃん。
「そ、そうは言っても……」
「――その子の言う通りよ」
狼狽える俺の言葉を遮り、後ろを歩いていたティンクが肩越しに話しかけてくる。
「そもそとアイテムと人間とじゃ価値観が違うの。アイテムは使って貰ってなんぼ。綺麗なままずっと戸棚に仕舞われておく事が幸せな訳じゃないわ」
「そうです! 自分の力でご主人様の身の安全が守れたなら、それこそ防具冥利に尽きるというものです。なので、もし危なくなったら遠慮なく私達を盾にしてくださいね!」
振り返ると、最後尾に居た木の盾ちゃんがにっこりと微笑み返してくる。
……そうは言われてもなぁ。
幼女2人を盾や捨て駒になんか出来ないだろ。
なるべく麻の服ちゃんの負担にならないよう、障害物の少ないルートを選んで進むようにする。