10-21 赤く染まる夜
無駄な抵抗と知りつつ、どうにか残った盾の破片を構え魔神の攻撃に備えるフラメル。
そんな姿を憐れんでいるのか……はたまた嘲笑っているのか。
魔神は不敵な笑みを浮かべたまま、振り上げた腕に力を込める。
まるで死刑囚の首を狙うギロチンのように、跪くフラメル目掛け鋭い爪が振り下ろされる。
爪がフラメルの首を跳ね飛ばす刹那――
突如として虚空から現れた光り輝く槍が、振り下ろされる腕を目掛けて突き刺さった!
槍の勢いに釣られ魔神の一撃がフラメルから逸れ地面を直撃する。
隙をつかれ思わずふらつく魔神。
その隙を狙ったかのように、光の槍が次々と飛来してはその腕を貫いていく!
息もつかさぬ猛攻に、魔神はうろたえ体制を崩す。
次の瞬間――槍は一気に輝きを増し、炸裂!!
魔人の腕から肩までを一撃で消し飛ばした。
「ぐ、ぐう……! 何ですかね、今のは!?」
魔神が初めて見せる苦悶の表情。
睨みつけるその先では、1人の魔法兵が詠唱の構えを組んで立っていた。
周囲の兵士達も驚いた様子で彼を見る。
いっまいどんな大魔道士がやったんだ……!?
皆が驚きと期待を込めて見つめるが……立っているのは年端もいかない若い男の魔法使いだった。
「……い、今の、僕が?」
目の前で起きた事が信じられないのか、当の本人が1番驚いている。
「そうよ! 心配しなくても大丈夫だから、落ち着いて。今のキミなら大魔導と呼ばれる魔導士にも引けを取らないわ!」
若い魔法使いの背後から姿を現したのは――ナーニャさん!
見れば魔法使いの手には立派な彫刻が施された魔法の杖が握られている。
「自分の持つ才能が少しは分かったかな? あなたはこんな所で終わるような子じゃない! ……さぁ、"授乳欲のナーニャ"がキミに戦う力を与えてあげる! まだ名もない英雄の、前哨戦よ!」
ナーニャさんに肩を叩かれ、男の子は大きく息を吸う。
「――分かりました! やれるだけやってみます!!」
目を瞑り杖に意識を集中する。
見るみるうちに、青藍に輝く巨大な魔法陣が空中に描かれていく。
その周囲を無数に舞う、星空のような光の粒たち。
光の粒は群れを為し、やがて魚の形を模して魔法陣の中を泳ぎ始める。
気持ちよさそうに魔法陣の海を泳ぐ光の魚。
その魚が勢いをつけ大きく跳ねたその瞬間――
「行きます!!
大剣よ 狂濤が如く蒼海を割れ
海淵を貫きその身を以って派旬を討ち砕け!!
蒼の大剣! ――ケルレウム・スパーダ!!」
空に跳ねた光の魚が一際眩しく蒼白い輝きを放つ。
そして水面のように揺れる魔法陣に着水すると同時に――巨大な剣へと姿を変え、魔神目掛けて一気に沈み行く!!
蒼白の大剣にその身を貫かれ、地面に串刺しになる魔神。
激しくもがくその頭上では、魔法陣が大鯨へと姿を変え大きく跳ね上がる。
どこか哀しげで神秘的な咆哮を夜空へ響かせた後、大鯨は巨大な水球へと姿を変え、圧倒的な水量を以って魔神を圧殺する!!
天まで届くかのような巨大な魔法の水飛沫が上がり、魔神が身に纏っていた鎧が粉々に砕け散る。
「みんな! 今よ!!」
ナーニャさんの合図を受け、まだ戦う力の残っている兵士達が再び一斉攻撃を仕掛ける!
それを援護する錬金術師達。
……確かに魔神の力は強大だ。
けれどここに集うのは各国を代表する錬金術師達!
そのサポートを受けた兵士の戦力は、何倍……いや、何十倍にだって跳ね上がる!
絶え間ない連撃を受け、次々と肉体を破壊されては再生を繰り返す魔人。
再生の合間に反撃を繰り出してはくるが、防御に特化した騎士たちに守られ皆どうにか直撃を避ける。
不死身かと思われた魔人だったが、繰り返される破壊と再生にこころなしかその動きが鈍くなってきたように見える。
「効いているぞ! 一気に押せ!!」
ここぞとばかりに勢い付く兵士達。
その猛攻に耐え兼ね魔人が苦し紛れに背中の羽を大きく振るう。
取り囲んでいた兵士達が一斉に下がり、一時的に両者の間が空く。
「――もういい。分かりました」
苦しそうに嗚咽を漏らしながら魔人が呟く。
――き、効いてる!?
「……どうやら私自身、魔人の力を買いかぶり過ぎていたようです。さすが歴史の常勝国モリノ。それに世界中から集まった錬金術師達です。素直にその力を認めましょう」
息を整えながらゆっくりと立ち上がる魔人。
その体表を覆っていた褐色の鎧は跡形もなく崩れ落ち、再びむき出しになった筋組織にも無数の傷跡が見て取れる。
だがこの程度で油断してはいけない。
兵士達も一切気を抜かず攻撃再開の期を伺う。
「この美しい国を我が根城とするため、なるべく壊さないように気を使って戦ってきましたが……。さすがにこの戦力は脅威に値すると分かりました」
静かに言い放つと、これまで一切使う事のなかった翼を大きく広げその身を包むように折り畳み蹲る。
そして一呼吸置いた後、徐に呟く――
「神にとっての脅威など存在してはならない。今ここで――国ごと滅ぼしてしまいましょう」
閉じていた翼を一気に開くと、数えきれない程の羽根が夜空へと飛び散る。
空を覆いつくす程の赤い羽根は、輝く結晶となり街中に降り注いで行った。
それらは街だけではなく、城の中庭にも大量に降り注いでくる。
羽根は地面に落ちるなり赤い魔力の霧を纏い急速に変形。
その姿を獣型の化け物へと変えた。
また一方では、ゆっくりと空を舞う羽根が鳥の姿に。
中にはトカゲや蜂のような異形の物へと姿を変える個体もある。
褐色の化け物達は、目を覚ますなり一斉に周囲の人間を襲い出した!
四方八方からの襲撃を受けパニックに陥る兵士達。
程なくして、城の外からも阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。
「さぁ!! 遊びは終わりだ人間ども!! 神の御業の前に逃げ惑うがいい!!」
両手を高く掲げ、魔人は作り出した巨大な火球を天へと向け打ち放つ。
大きく放物線を描き、火球はダメ男しとばかりに街を襲い業火を上げる!
モリノの首都がみるみるうちに褐色の魔物と炎に包まれていく。
森林に囲まれた美しい街は、今や夜空を赤く照らす業火に包まれた地獄へと姿を変えた。