10-20 顕示欲のフラメル
「――何が“神”だ、この“化け物”! 人語を理解する魔物とは随分と珍しいじゃないか。せっかく言葉が解るんだ、俺から忠告してやろう」
“神”を名乗る異形の生物を前にして皆が躊躇する中、そんな事などお構いなしに先陣を切って出る人影が1つ。
"顕示欲のフラメル"だ。
「今日は日が悪かったな。今この場には世界中から選りすぐられた欲名持ちの錬金術師が集結している。悪い事は言わないからさっさとお山の隠れ家にでも飛んで帰りな。まぁ、やすやすと見逃してやる気も無いがな」
そう言って笑うと、左手に持つ大きな盾をドンと地面に置く。
白銀に輝く巨大な盾は、大人一人をゆうに覆い隠す程の大きさだ。
もう一方の手には黄金に輝くロングソード。
――そういえば思い出した。
サンガクには錬金術師のくせに前線に出て戦う武闘派が多いって聞いた事があったな。
とはいえ、どう見てもあの華奢な体であの重量の装備は扱えないだろうから……筋力増強剤か何かでドーピングしてるんだろう。
そこまでして前線に立ちたがるとは……中々にイカレてるわ。
「……“顕示欲のフラメル”ですか。相変わらず威勢だけは良いですね」
さも興味無さそうに呟く魔人。
「へぇ。俺の事を知ってるとは。化け物にしては最低限の知能はあるみたいじゃないか」
そうか。
皆んなはアレが元々人間だって知らないんだ。
「――ふん、神をも恐れぬ愚か者め。良いでしょう、せっかくの群衆の手前です。格の違いというものを見せてあげましょう」
そう言って魔人は片手を振り上げる。
(――まずい! あの攻撃が来る!!)
そう思った瞬間、衝撃波が走り周囲の地面が大きく吹き飛んだ!
濛々と巻き上がる土埃。
それが夜風に流されて消え去ると、地面には巨大な爪で大きく抉られたような跡が残っていた。
――けれど、その傷跡はある地点でピタリと止まっている。
そこには巨大な盾を構えたフラメルが立っていた。
盾は無事どころか傷ひとつ付いていない。
「ん? なんだ、そんなものか? 神だなんだと大袈裟に騒ぎ立てるもんだから、どれ程のものかと思ったら……」
さもガッカリしたと様子で、大きくため息をつき首を振るフラメル。
そして、盾だけをその場に残して瞬時にその姿を消す。
次の瞬間――突然魔人の目の前に現れたフラメルは、目にも止まらなぬ速さで黄金の長剣を振りおろす。
その神速の斬撃を受け、斬り飛ばされた魔人の右腕が宙を舞い地面へと落ちる。
『お、おぉ―――!』
戦場が一気に歓声に包まれる。
た、確かに言うだけの事はあってめちゃくちゃ強い!
この一撃を皮切りに、彼に続けとばかりに一斉攻撃が放たれる!
魔導兵達が放った火炎魔法は、何十という超高熱の火球となり次々と直撃――爆発炎上が巻き起こる!!
そこへ雨のように降り注ぐ弓矢の矢!
まさに電光石火!!
立ち上がる火炎が眩しすぎて、魔人の姿すら見てとることが出来ない。
……て、これ城ごと燃えねぇか!?
想定外の楽勝ムードに胸を撫で降ろす戦士たち。
中には勝利を確信し握手を交わし合う人達まで居る。
ところが――事態は一瞬にして急変する。
飽和攻撃により巻きあがる火柱の中から、不意に一筋の赤い閃光が放たれた。
次の瞬間――
赤い光が通った後に沿って、地面から閃光の波が立ち上がる!
炸裂音が鳴り響き、辺りが昼間のように明るくなる。
目も開けて居られない程の激しい光が収まると、地面は赤く融解しドロドロのマグマのような跡が一直線に続いていた。
それは強固な石壁をも優々と貫通し、城壁に大きな穴を開けている。
そして、閃光が通った直線上に居たはずの人々は……影も形も無い。
「……なるほどなるほど。身体の制御はだいぶ出来てきましたが、魔力の調整がまだ慣れませんね」
炎の中からゆっくりと姿を現す魔人。
その身体は無傷。
それどころか、先ほどフラメルに切り落とされた腕も完全に再生されている。
驚きで目を見開くフラメルに対し、勿体ぶった口調で魔神が言い放つ。
「先ほどの一撃を止めた事で何か勘違いさせてしまったようでしたら申し訳ありませんでした。貴方が"防いだ"と自慢げにしている先程の一撃、あれは攻撃でも何でもなく、ただ単に手を振るっただけです。今お見せしたのが、ちゃんとした攻撃。まぁ、それでも相当加減はしていますが」
声すら出せず立ちすくむフラメルに対し、ニヤニヤとした目を向ける魔神。
「――怯むな! かかれぇぃ!!」
現場の指揮が下がり切る前に、指揮官がここぞとばかりに一斉突撃の号令を下す。
命を受け、騎士達が一斉に魔人目掛けて斬りかかり、魔導士達も追撃の魔法を浴びせかける!
しかし鬼気迫る決死の猛攻も、魔神にとっては目にも入っていない様で、まるで飛び交うハエを払うかのように軽く両手を振るう。
たったそれだけで、数十人の兵士が塵となって消え去った。
「雑魚に用はありません。さぁ、続きをやりましょう"顕示欲の錬金術師"。私もこの身体がどれ程の攻撃に耐えられるか試してみたいのですよ」
そう言ってフラメル目掛けて腕を振り下ろす魔神。
「――クッ!!」
盾を構えて応戦するフラメルだったが――先ほどは見事に攻撃を受け切ったはずの盾が、今度は一撃で粉々に消し飛ぶ。
「クッ、クソッ!! おいお前ら! 落ち着け! 落ち着いて俺を見ろ!! お前ら無能共はただ黙って俺を応援してればいいんだ!!」
慌てて辺りに怒鳴り散らすフラメル。
しかし、先程の一撃で一瞬にして数十人の仲間を失った兵士達は、半ばパニックに陥り誰も耳を貸そうとしない。
「……あぁ、そうでしたね。思い出しました。"顕示欲"の特性。"周りに注目されている程アイテムの能力が上がる"でしたか。実に貴方らしい傲慢な力だ」
目を細め、哀れな者を見るようにフラメルを見下す魔人。
「クソッ! クソがぁぁ!!」
剣を構えて半ば強引に魔人へ斬りかかるフラメルだったが、黄金の剣はその輝きを失い、魔神に触れるなりあっさりと折れてしまった。
魔神は残念そうにため息をつくと、フラメル目掛けて腕を大きく振り上げる。
「残念ですが、もう用済みです」
「――クソがぁ! お、お前らのせいだからなぁぁーー!」
フラメルの断末魔は、悲鳴と怒号が飛び交う戦場へと溶けて消えた。