10-19 降誕
「皆さん、大丈夫ですか!? ……一体何が?」
会場の隅で息を整える俺たちの元に駆け寄って来たのは、ルルのお父さんだった。
「……あら!? リリアちゃんどうしたのその手、見せて!?」
一緒に居たナーニャさんが、リリアの手を優しく取る。
「い、痛っ!」
「! ごめんね! ……指、折れてるじゃない!? 可哀そうに、痛かったでしょ?」
折れた指の様子を慎重に観察し、胸元から小さな薬瓶を1本取り出す。
「品評会用に持ってきててよかったわ。コレ、飲んで。あなたなら良く効くと思うわ」
「え、はい」
薬を受け取り一気に飲み干すリリア。
するとすぐさま淡い光が全身を包み込み、真っ赤に腫れあがっていた指が一瞬で元通りになった。
「す、凄ぇ! 飲み薬でこの効き目って……最上位の【エクスポーション】でもここまでの即効性は無いはずだけど……」
目の前で起こった事が信じられず思わず声を上げてしまう。
「あら、マグナスちゃんに言ってなかったかしら? 私の"授乳欲"の特性は"アイテムを使用する相手が、若く希望に満ち溢れている子であるほど効果が上がる"のよ」
そ、そうだったのか!?
そりゃまたかなりユニークな特性だな。
……ん。てことは、若くても効き目が悪いとなると、そいつの将来は絶望的って事になるのか?
ある意味恐ろしい特性だな。
とにかく、リリアの怪我が治って良かった。
あとはあの魔神をどうするかだけど……
『よーし、やってやろうじゃねぇか!』
『おいおい、俺の手柄を横取りするなよ』
『絶対の俺が倒して第一王女を御妃に貰うぞ!』
フラメルに触発されたのか、会場の錬金術師達の多くはやる気満々で戦闘準備に入っている。
それを見て、グランツ陛下が近衛兵に言い放つ。
「――よし! 全軍へ通達! 城内に待機している騎士団、魔導兵団及び弓兵隊は全戦力を以って西棟を包囲! 対象を中庭へとおびき出しそこで一網打尽とする! 城外へ出ている兵にも警戒体制を指示! ――かかれ!!」
陛下直々の指令を受け、緊急戦闘配備が発令される。
警鐘が鳴り響き、場内が一気に慌ただしくなり始めた。
―――
陛下の作戦通り、晩餐会会場の隣にある広い中庭に兵が集合する。
大きな中庭とはいえ、城の全戦力が集結できるような広さは無いので、入り切れなかった兵力は城壁を挟み場外から中庭を包囲する形で待機している。
俺とティンクは髭じぃの近衛兵という事で、主戦場となる中庭から少し離れた位置で戦況を見守る。
最も、今日はポーションを持ってきてないから俺達は戦力外なんだけど……。
下手に逃げるよりも、護衛が沢山居るここが一番安全と髭じぃの計らいで傍に居させて貰っている。
非戦闘員の来賓や重役達は城の反対にある東棟へと避難。
城から離れて城下へと逃げるべき、という意見も出て真っ向に対立していたが、なにぶん城の内部から攻め入られるという異常事態は想定されておらず指揮は往々に混乱している。
何にせよ、とにかく西棟であいつを止めれば万事上手く収まる。
相手が単独という事が不幸中の幸いとなり全勢力を一点集中させた訳だ。
標的が姿を表すまでの間に、グランツ陛下から討伐対象についての情報が共有される。
おそらく高濃度の魔力を内包した魔法生命体であること。
再生能力を有していること。
腕から放たれる一撃は全身鎧を粉砕する威力があること。
そして、人間と同等の知識を有していること。
情報というにはあまりにも心許ないが、無いよりはマシだ。
陣形は、重装備の騎士を前衛にその背後に魔導士と弓兵、さらにその後ろに錬金術師が控えるという三重の構え。
鶴翼に布陣を張り魔人を包囲して一網打尽にしようという事らしい。
……
一同が固唾を飲む中、城の中から地を揺るがすような重い足音が聞こえてくる。
いよいよ動き出したようだ。
一歩、また一歩と近づいてくる足音。
そして……
――建物の壁が粉々に吹き飛び中から異形の怪物が姿を現す!!
もげた筈の手足は完全に再生され元通りになっている。
それどころか、この短時間でついでに体組織を作り直したようだ。
さっきまでのグロテスクな見た目はより洗礼され、その体は褐色の鎧に包まれたような見た目になっている。
特徴的な角や背後の光輪もより造形が細やかになっている。
再生にやたらと時間が掛かってたのはこのためか。
……随分と芸が細かいじゃねぇか!
『――おや、嬉しいですね。歴史に残るべき"神"の降臨に、これ程多くの観衆が集まってくれるとは』
到底人の物とは思えない、獣が呻くような声で流暢に人の言葉を話す異形の怪物。
その常軌を逸した風体に一同が思わずたじろぐ。
『そう身構える事はありません。私は……“神”です。つい先程生まれ出たばかりですが、数日のうちにこの世を統べる存在となるモノです。さあ、愚かな抵抗は辞め、この私を崇拝し膝まずきなさい。そうすれば無駄に血を流すこともありません』
まるで迷える信者に救いの手を差し伸べるかのごとく、神々しい後光を発し魔神は両手を広げるのだった。