10-16 解き放たれる脅威
「おぉ――ついに、ついに見つけましたよ!」
狭い地下の小部屋で、見えもしない天を仰ぎ歓喜の興奮に身を悶えるヘルメス。
「何だ……あれは」
ルルスは初めて見る異形の物質に驚愕の眼差しを向ける。
その視線に気づいたのか、瓶の中の物質はギョロリと真っ黒な目でルルスを見返してきた。
「“ヴィルサラーゼの魔人”――かつてモリノが創り出した最高にして最強の錬金術兵器ですよ」
絶句して動けないでいるルルスに向かい、さも自らが創造者であるかのように自慢げに答えるヘルメス。
「あぁ――何と美しい! 原始的にして完成されたフォルム! 安定と変化を内包した魔力! そして何より、物質でありながら――生きている! こんなに神秘的なモノが存在するだなんて!!」
興奮したヘルメスが瓶に歩み寄ろうとすると――
――バチン!!
赤い稲妻のような閃光が走り、何重にも張り巡らされた結果がその行く手を阻む。
「……全く、うっとおしいですね! ――さぁ、"破壊欲の錬金術師"! 出番です、この封印を破壊してください! 」
そう言って、手に持っていたステッキでルルスを指す。
「……こんな物を手に入れて、どうしようと言うのだ」
問い返すルルスに対し、ヘルメスが答えるよりも先にリリアを捕えていた老人が言葉を返す。
「知れた事よ。我が祖国を陥れ、己だけがのうのうと平和ボケし切った、この憎きモリノに罪を償わせてやるのだ!」
その目は怒りと復讐に燃え、リリアを掴む腕にも力が入る。
「……う、うぅ」
苦しそうに顔を歪ませるリリア。
「待て、あの戦争はサンガクから仕掛けた侵略戦争だろう! 非があるのは我々サンガクの方だ」
「貴様! それでも誇り高きサンガクの民か!!」
老人がコメカミに血管を浮かばせて大声で叫ぶ。
――一瞬即発
その場に居る全員がお互いの出方を牽制し睨み合う。
「――まぁまぁ、一度冷静になりましょう」
ポンと手を叩きヘルメスがリリアの元へ向かう。
「それぞれに事情も思想も異なり事は理解できます。ただ、唯一変わらないの事実は、貴方は私達の言う通りにするしかないという事です」
そう言ってリリアの口を縛っているロープに手を掛ける。
「調べてありますよ。戦争が終わり行き場も生きる意味さえも失い彷徨っていた貴方を拾ってくれたのが、この少女だそうじゃないですか。そんな命の恩人を目の前で死なせたくはないでしょう? ――ほら、貴方の口からも師匠に助けを請いなさい」
口からロープが解かれるなり、リリアが声を上げる。
「ダメです師匠! 自分で言ってたじゃないですか! 戦争のためとは言え多くの人達を手に掛けた事、今でも後悔してるって! また同じ過ちを繰り返すつもりですか!? 私の事でしたらいいですから――」
そこまで話した所で、老人がリリアの顔を平手で打つ。
「キャァ!」
悲鳴を上げ床に倒れるリリア。
打たれた頬が真っ赤に腫れ上がっている。
「――これが最終通告だ。さっさという通りにしないと――次は無い」
老人は倒れ込んだリリアの艶やかな髪を鷲掴みにし、無理やり上体を起こさせる。
痛みに耐え切れず必死に髪を抑えるリリア。
けれども、そんな事は気にせずその細い喉元にナイフを突きつける。
リリアが頭に顔を引き攣らせると、首筋から一筋の血が流れる。
「やめろ! 分かった、言う通りにする! だからその子には手を出すな!」
「師匠……ダメです……」
瞳に涙を浮かべ必死に耐えるリリア。
そんな彼女を横目に、ルルスは封印の魔法陣に向け手をかざす。
ルルスが呪文のようなものを唱えると、先ほどまでゆっくりと回っていた魔法陣が不規則な回転を始める。
陣に刻まれていた文字の所々が輝き、そして順々に消失していく。
「……どれ程の時間がかかりますか?」
ヘルメスが問いかける。
「話し掛けるな! お前達も分かってるだろう! 相当な強度の結界だ。全力でやってもかなりの時間が――」
ルルスがそう言い終わるより前に
ポキッ――
「――ッキャァァァツ」
リリアが甲高い悲鳴を上げて床の上でのたうち回る。
見ると、老人がリリアの人差し指を握りしめていた。その細い指は本来とは違う方向へと曲がっている。
「――1分経つごとに指を折っていく。10本終わってもまだ足りないというなら、次は歯、目……早くしないとお前の弟子がどんどんと壊れていくぞ。……おっと、喋っているうちにそろそろもう2本目だな――」
肩で息をし、涙を流しながらも耐えるリリア。
「――クソッ!! 分かった!! ……どうなっても知らんぞ!!」
ルルスは両手を大きく掲げ、息を整えると魔法陣に向き直す。
「これが、"破壊欲の錬金術師"の本気だ!!」
―――
「グランツ、早くそこを退くんだ! 大変な事になるぞ!」
「いいえ退きません! 父上の方こそ大変な事になる前にお退きください」
睨み合ったまま互いに譲ろうとしない髭じぃとグランツ陛下。
「お前が“アレ”の事を何処で知ったかは分からんが、“アレ”はお前がどうこう出来る物ではない! すぐに手を引んだ!」
「父上こそ! これ以上自らの欲望のために国を危機に晒すような真似は辞めて頂きたい!」
「何を言う!! ワシは欲望のためなどではなく――」
髭じぃがグランツ陛下に取ってかかろうとしたその時――
廊下に凄まじい爆発音が響き渡り、前方の曲がり角から砂埃が濛々と上がってくる。
一同が一斉に振り向きその様子を見つめていると――砂埃の中から人影が飛び出して来た。
……リリアとルルスさんだ!
怪我をしているのか、お互いに肩を抱き支え合いながらこっちへ走って来る。
「リリア!! 良かった無事で」
「ルルスさんも! 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ろうとする俺とティンクだったが、それを制するようにルルスさんが声を上げる!
「皆、逃げるんだ!! 直ぐにここから離れろ!!」