10-15 封じられしモノ
モリノ城、西棟の外れ。
「おい待て! そこで何をしている!」
番兵が怪しい人影を見つけ声を掛ける。
「わぁ、びっくりした!」
片眼鏡を掛けた細身の男が、跳び上がるような勢いで驚く。
「あぁ、番兵さん。すいません、お手洗いはこちらでしょうか」
悪びれる様子もなく、笑顔で問い返す男。
番兵は、その笑顔に何処か胡散臭さを感じつつも、物腰柔らかで何処か気品の漂うその様子に、きっと怪しい人物ではないと感じ丁寧に対応する。
「なんだ? 晩餐会の参加者か? いや、トイレなら通路のずっと反対側だが……というかどうやってここまで来たんだ」
そう言って振り返り、通路の向こうを指して説明しようとした所で――
「――っ!」
背後から現れたもう1人の男に首を絞められ、そのまま声を上げる事も叶わず意識を失う。
ダラリとして動かなくなった番兵を、音を立てないようそっと床へ横たえる男。
「いやはや。さすが戦闘のエキスパート“破壊欲の錬金術師”殿。見事な手際で」
音を立てないよう小さく拍手をして喝采する片眼鏡の男――ヘルメス。
「人質を取った上に強盗紛いの事までさせておいて……よく言う」
そう言いながら、廊下の角を睨むルルス。
暗がりから、リリアの首元にナイフを突きつけた執事の老人が姿を表す。
「その番兵が持っている鍵をヘルメス様へ」
まるで機械のように抑揚の無い声でルルスに命じる老人。
ルルスが一瞬躊躇うと、リリアの髪を鷲掴みにして引っ張り、そのか細い首筋にナイフを押し当てる。
「――ウゥッ」
猿ぐつわをされたリリアがくぐもった悲鳴を上げる。
「――わかった! わかったから……手荒な真似はするな」
慌てて番兵の懐を漁り、取り出した鍵をヘルメスへ投げてよこす。
「しかし、モリノがすっかり平和ボケしてくれていて助かりましたよ。戦時中ならきっとこうも簡単には行かなかったでしょう。……そうは思いませんか」
鍵を受け取ったヘルメスがルルスに向かって問いかける。
しかしルルスは黙ったまま答えない。
「――ツレないですね。戦場は違うとは言え、かつて同じ国の為に戦った者同士でしょう」
そんな話をしながら、受け取った鍵で近くにあった部屋のドアを開けるヘルメス。
自分から問いかけておきながら、ルルスの返事には些かの興味も無いようだ。
言葉とは裏腹に、そんな事はおそらく彼にとってどうでも良い話なのだろう。
鍵が開くと、全員を中へと招き入れドアを閉める。
扉の奥は一際古い倉庫のようだった。
燭台に火を灯すと部屋の中がぼんやりと照らし出される。
随分と長い間使われていないのか、置かれた荷物はどれも厚く埃を被っている。
ヘルメスがおもむろに奥の壁へと歩み寄る。
手に持ったステッキで、コンコンと石壁を叩きながらゆっくりと歩く。
何かに気づいたのか途中で立ち止まると、少し戻った位置の壁と交互に何度か叩いて音を確かめる。
「――ふむ。ここで間違いないようですね」
懐から取り出した小瓶の蓋を開け、頭の高さに掲げる。
そのまま瓶の中の液体を壁面に沿うように垂らす。
――すると、水に溶ける砂糖のように壁の一部がみるみると崩れ落ちて行く。
まるで波に攫われる砂の城のようにあっさりと崩れた壁の向こうには、地下へと続く細い階段が姿を現した。
「さぁ――いよいよですよ!」
やや興奮した様子で先陣を切り階段を降りて行くヘルメス。
戸惑うルルスだったが、後ろから老人に急かされ仕方なく歩みを進める。
……
階段を降り切ると、狭い通路の先には重厚な扉が鎮座していた。
古めかしい扉の枠には無数の呪符のようなものが貼られ、明らかにヤバい物を封印しているといった様子を醸し出している。
「――あ、ご心配なく。貴方に解いて欲しいと申しましたのは、これでは無いですよ。この程度でしたら私でも……」
冗談めかして笑いながらヘルメスがルルスを見る。
相変わらず何も返さないルルスの事など気にも止めず、懐からガラスのように透明な素材で出来たナイフを取り出す。
そのナイフをドア枠に沿って這わせて行くと……呪符が次々と黒い煙を上げて焼失していく。
全ての呪符を消し去るのに10秒もかからなかった。
最後の一枚を消し去ると、ナイフは音を立てて砕け散って消え去る。
「おや、余裕で耐え切るかと思いましたが……まさかこれ程までとは。さすがモリノの錬金術ですね。……しかし、本番はこの先です。さぁ、いよいよ出番ですよ、“破壊欲の錬金術師“殿」
そう言ってドアに手をかけるヘルメス。
油の切れた蝶番が鈍い音を立て、ズルズルと床を引きずりながらドアが開かれる。
ドアの奥は小さな部屋になっていた。
窓も灯りも無い密閉された空間。
その奥にポツリと1つだけ祭壇がある。
そして、祭壇の上には両手で抱える程の大きさの瓶が置かれている。
ただそれだけの殺風景な小部屋だが、ここが異常な空間だという事は一目で分かる。
瓶の周りには光り輝く赤い文字で記された魔法陣が幾重にも浮かび、音もなく静かに回転している。
さらにそれを取り囲むようにドーム型の光の半球が5重の層を為している。
「いやー、参りますね。マトモな方法で解こうとしたら、あの封印1つ解くだけでも数ヶ月かかりますよ。さすが“賢人マクスウェル”の技です」
感服したように目を丸くするヘルメス。
彼が見つめる目線の先、封印の中心にある瓶の中では――
人間の胎児のような形をした真っ赤な塊が、まるで心臓の鼓動のように波打ちながら浮かんでいる。
眠っているように浮遊していたその物体が、突如として真っ黒な瞳を開きこちらを見た。