10-13 過去の爪痕
「その人、錬金術師を名乗ってたの?」
神妙な面持ちで話を続けるナーニャさん。
「は、はい。リリアの師匠で、サンガクで錬金術師をやってるって」
「マグナスくん彼に直接会ったのよね? 何もされなかった!?」
突然心配そうに俺の体を確認するナーニャさん。
「え? いえ、全然何も。……凄く腰の低い良い人でしたよ」
「そう……なのね。――まさか彼が弟子を取ってまだ錬金術師をしてるなんて……」
そう呟くと、ナーニャさんは考え込んでしまった。
暫く黙った後、再び口を開く。
「……ねぇ、マグナスくん。ルルスは自分の事何か話してた? 例えば"欲名"についてとか」
「いえ特には。ただ、欲名は確か"譲歩欲"のはずですけど」
「そう……今はそんなふうに名乗ってるのね」
「――どういう事ですか?」
いまいち煮え切らないナーニャさんの発言。
言っている事の意味がイマイチよく分からない。
ただ、その様子からただ事じゃないという雰囲気だけは伝わってくる。
考えた末に覚悟を決めたようにナーニャさんが口を開く。
「――10年以上前……そうね、丁度マグナスくんが産まれてるかどうか位の頃の話よ。当時サンガクでは各地で内戦が頻発し酷い混乱状態にあったの。激しい戦火で情報が錯綜する中、ある錬金術師の名が噂になったの」
「ある錬金術師?」
「そう。各地の戦場に姿を現し、破壊と暴虐の限りを尽くす人間兵器。彼が参加した戦では敵兵はただの1人すら残らず完全に全滅。それどころか死体の一片すら残らない……と実しやかに言われていたわ」
「――随分と懐かしい話をしておるの」
若い女性に囲まれて鼻の下を伸ばしていた髭じぃが神妙な顔で話に加わってくる。
髭じぃの目配せで、衛兵達が人払いをする。
テーブルの周りは俺達だけを残してガランとなってしまった。
何だ……随分と物騒な様子だな……。
「戦時中、サンガクは情報統制を引いとったから噂を知る者自体そう多くはないはずじゃが……お前さん、よー知っとるの」
関心する髭じぃに対してペコリと会釈を返すナーニャさん。
そして俺の顔を見つめて徐に口を開く。
「その錬金術師の名前が――"破壊欲のルルス"」
――何かの間違いだろう?
ついさっき、会ったばかりの俺にあんなに丁寧に錬金術の事を教えてくれたあのルルスさんが……
俄には信じられない。
「た、たまたま同じ名前の錬金術師が居たってだけじゃ……」
「まぁ、私も直接本人を見た事がある訳じゃないから、その可能性も無いとは言い切れないわね。ただ、偶然にしては出来過ぎじゃない?」
ナーニャさんはそこまで話し終えて、お酒を一杯流し込む。
「近年争いが下火になり、サンガクが和平へと舵を切ったと共に表舞台から姿を消したと聞いておったが……なぜ今更現れた?」
髭じぃが顎髭を掻きながら難しい顔で目を瞑る。
一同が黙ってしまったところで、話を聞いていたティンクが口を開く。
「……ねぇ、マグナス。そのルルスって錬金術師、城のどっちの方へ向かったか分かる?」
「ん? あぁ、確かテラスを出てあっちの方へ行ったみたいだけど」
使用人に連れられてルルスさんが歩いて行った方を指差す。
「あっちは――西棟ね。エイダン、西棟に客室なんてあるの?」
「いや。昔と変わらず主に倉庫や備品置き場に使っとる」
それを聞いて、神妙な面持ちで言葉を続けるティンク。
「……もしかして、未だに“アレ”もあるんじゃないでしょうね?」
その言葉を聞いて、目を瞑ったまま黙る髭じぃ。
暫く俯いた後、大きな溜息と共に吐き出すように答える。
「…………ある」
「――! なんで!? さっさと破棄すべきだって話で纏まってたでしょ!?」
思いっきり机を叩き、大声を上げて立ち上がるティンク。
その音と声に驚き周りが一斉にこっちを見る。
髭じぃがヒラヒラと手を振って『気にするな』と合図を送ると、皆何事もなかったかのようによそよそしく歓談へと戻る。
「ワシも何度も破棄を試みたが、今の技術ではそれもままならんのじゃ。お前さんも“アレ”の力は知っとるじゃろ」
髭じぃに諭され、ティンクはどっかりと椅子に座り直す。
2人が何について話ているのか分からないけれど、珍しく神妙な面持ちの2人の会話に割って入る事が出来ない。
「……ならせめて、ちゃんと封印してあるんでしょうね」
「ああ。結界は昔ページーが作ってくれた物を使っとる。ワシが生きとる間はワシ以外には解除出来んように構成されとるから……滅多な事は無いはずじゃが」
「そうは言っても、もう何十年も前の物でしょ? 本当に大丈夫なの?」
「定期的に確認はしておるが……念のため見ておくか」
そう言うと徐に椅子から立ち上がる髭じぃ。
同行しようとする護衛を静止し、ティンクを見る。
「大事にするわけにもいかん。ワシらだけで行くぞ」
黙って頷くティンク。
「――マグナス、お前も来てくれるか。事情は歩きがてら話そう。ラージーの遺産にも関わる話じゃ」
突然出てきたじいちゃんの名前。
何だか言い得ない胸のザワつきを覚えながらも、髭じぃとティンクに続いて先を立つ。
「3人だけで大丈夫? 私も行きましょうか?」
俺達を心配してナーニャさんも席を立つ。
「いや、心遣い感謝するがこれはモリノの問題じゃ。それにリリアが戻ってくるかもしれんから、お前さんはここで待っとってくれんか」
髭じぃに頼まれ、頷き再び席につくナーニャさん。
互いに目くばせし頷くと、髭じぃに連れられ周りに気取られないよう静かに会場を後にする。