10-12 行き違い
「――へぇ。それじゃあサンガクの錬金術は魔物退治向けアイテムの研究が盛んなんですね。冒険者は心強いだろうなぁ」
「まぁ、そう言えば聞こえは良いですが元は軍事向けの研究の応用ですよ。サンガクは元々軍事国家でしたから」
会場のテラスで温かいコーヒーを飲みながら、リリアの師匠……"譲歩欲のルルス"さんと錬金術談義に花を咲かせる。
夜風が少し寒いが、人もあまり居らず騒がしい会場よりは随分と落ち着いて良い。
「しかし凄いですね、マグナスさん。こんなにお若いのに錬金術の知識は相当なものだ」
「とんでもない! ルルスさんの足元にも及ばないですよ」
ルルスさん、謙遜してはいるけれど錬金術に関する知識はかなりの様子。
自ら進んで話そうとはしないが、俺が普段疑問に思っていた事や知らない事を聞くと即座に分かりやすく教えてくれる。
これは……談義というよりはもはや授業だな。
後で授業料払わないといけないかも……。
「――あの、失礼な質問かもしれませんが……どうして"顕示欲"なんかの言いなりになってるんですか? ルルスさん程知見の広い錬金術師なら仕事の依頼も引く手数多だと思いますけど」
「いやいや、マグナスさん。買い被り過ぎですよ。私はただの臆病で卑小な錬金術師です。……今日の晩餐会も、リリアに良い経験をさせてやれたらと思い参加しましたが……本当は何故私のような弱小錬金術師が招待されたのかわかりません。何かの手違いですよ、きっと」
そう言って笑うルルスさん。
話を聞いていると、ルルスさんにとってリリアは特別な存在なんだという事が分かる。
たった1人の弟子という事もあるだろうが、何というか……自身も相当な錬金術師のはずなのに、既に全てをリリアの為に託そうとしている気がする。
まだそんな歳でも無いはずなのに……勿体ない。
「――あぁ、そういえばそろそろリリアの所に行かないといけませんね。これ以上皆さんにご迷惑をおかけする訳には……」
コーヒーを飲み終えたルルスさんがふと夜空を見上げる。
「いえ、だから別に迷惑だなんて――」
改めて言い返そうとした時――会場の方から1人の男性が駆け寄ってきた。
恰好からして城の使用人のようだ。
「失礼します。……サンガクのルルス様ですね?」
一礼して、ルルスさんに問いかける。
「はい、ルルスは私ですが……何か?」
少し戸惑いながらも、丁寧に受け答えするルルスさん。
「実は、先ほどお連れ様が体調を崩されまして……我々の方で別室までお運び致しましたので、ご一緒いただけますでしょうか」
「なんだって!?」
話を聞いて、ルルスさんは顔を青ざめて声を上げる。
「いえ、ご心配なさらず。少々お食事が合わなかっただけのようですので。意識もしっかりしておいでですし、少しお休みになられれば直に良くなられるかと」
使用人に宥められホッと胸を撫で降ろすルルスさん。
「……まったく、あまり調子に乗って食べすぎるなと言っておいたのに。――マグナスさん、申し訳ない。私、リリアの様子を見てきます」
「えぇ。あ……さてはティンクの奴、調子に乗って食べさせまくったな!? ルルスさん、良ければ俺も一緒に――」
ルルスさんに付いて行こうとしたが、使用人が徐に俺の前に立ちはだかる。
「申し訳ありません。大事は無いとはいえ念のため安静にされておいでますので――面会は関係者の方のみでお願いします」
「そ、そうなのか」
まぁ、確かに体調を崩して休んでる女性の部屋に押し掛けるのは紳士的じゃないか。
「大丈夫ですマグナスさん。私が見てきますので。ご心配頂きありがとうございます」
そう言い残すと、使用人に連れられてルルスさんは足早に城の中へと入って行った。
―――
会場へと戻ると、ティンクがナーニャさんや髭じぃと楽しそうに談笑していた。
「ちょっと! あんたトイレどんだけ長いのよ!」
俺の顔を見るなり突っかかってくるティンク。
「ちげぇよ。偶然リリアのお師匠さんに会って話し込んでたんだよ。――てか、リリアは大丈夫か?」
周りを見渡してみるけれど、確かにリリアの姿は無い。
「え? 大丈夫もなにも、あの子あんたを探しに行くって言って会場から出てったわよ。一緒じゃなかったの?」
「……え? いやそんなはずは無いだろ。さっき係の人が来て、リリアが体調を崩して別室に運ばれたって」
「ウソ!? ちょっと大変じゃない!」
驚いて声を上げるティンク。
「あ、大丈夫だ落ち着け。ちょっと食事が合わなかっただけだろうからそんなに心配無いってさ。少し休めば良くなるって。……ったく、お前が調子にのってあれもこれもって食べさせたんだろ?」
「……? そんなはずないわよ。私も、せっかく美味しそうな物あるから食べなさいって何度も言ったのに、『有名な錬金術師さんたちのお話を聞く滅多に無いチャンスなので!』って、一生懸命にメモとか取りながら話を聞いてて、殆ど何も飲み食いしてなかったもの」
「え……? そんじゃ、食べ過ぎじゃなくて単に体調不良か?」
「んー、多少緊張はしてたみたいだけど、全然そんな様子は無かったわよ」
「――どういう事だ? ……まぁ、師匠のルルスさんが様子を見に行ってくれたから大丈夫だとは思うけどな」
あまりティンクを心配させないように、この話題を打ち切ろうとしたとき……
隣で話し込んでいたナーニャさんが驚いたように俺の肩に両手を乗せる。
「マグナスくん、ちょっと待って! 今"ルルス"って言った!?」
「え!? はい……言いましたけど」
いつもおっとりとしているナーニャさんの、初めて見る慌てっぷりに思わず驚く。
事情が分からず面食らう俺とは裏腹に、ナーニャさんの目は何かに怯えているようにも見えた。