10-08 かつての敗戦国
「あの、もしかして"授乳欲のナーニャ"さんですか!?」
ティンク達と世間話をするナーニャさんの前に、目を輝かせたリリアが歩み出る。
「えぇ、そうよ。あら可愛らしいドレスね、あなたも錬金術師さん?」
「はい! サンガクで錬金術師見習いをさせて貰っています。リリア・アガーテです! 凄い……こんな立て続けに有名な錬金術師様たちにお会いできるだなんて!」
ただのお世辞ではなく本当に嬉しかったんだろう。
大きな瞳に涙を浮かべてナーニャさんを見つめるリリア。
「ふふ、有名かどうかは分からないけど喜んで貰えるなら幸いだわ」
そう言って手を差し伸べるナーニャさん。
リリアがその手を両手でしっかりと掴み返し握手を交わす。
「そっかー、サンガクの錬金術師か。それで同郷のフラメルに絡まれてたのね。あの子優秀なんだけど昔からちょっと性格に難ありだったからねぇ」
ナーニャさんが困ったようにため息をつく。
成る程、リリアの師匠と“顕示欲”は同じくサンガク公国の錬金術師で商売敵という訳か。
まぁ聞いた感じだとリリアの師匠の方が一方的に弱みを握られてるような感じみたいだけど。
それにしても……サンガクと聞いてひとつ思い出した事がある。
「……そう言えば、サンガクって隣国のコウヤ帝国と和平条約結んだんだっけ?」
軍事国家サンガク公国と、国際連合非加入国のコウヤ帝国。
互いに軍拡政策を取っていた両国の間は長く緊張状態にあったはずだ。
それが先日ついに和平条約を結んだとニュースになっていたのを見た気がする。
俺の質問を受けてリリアがポンと手を叩く。
「そうなんです! さすがマグナスさん、よくご存知で!」
そんなキラキラとした顔で尊敬の眼差しを向けられると流石に照れる。
思わず鼻の下が伸びていたのか、少し機嫌の悪そうなティンクに釘を刺される。
「一般常識よ。あんまり無闇に褒めないで、調子に乗るから」
「へいへい。常識知らずで悪かったですねー」
リリアを止めに入るティンクに向かって舌を出す。
俺達にとってはいつものじゃれあいだが……喧嘩していると勘違いしたのだろうか? リリアが慌てて間に入って来る。
「――と、とにかく、戦争にならなかったのは本当に嬉しいです。戦争となればきっと多くの人が命を落とす事になったでしょうから」
そう言ってニッコリと笑うリリア。
その太陽のような笑顔に、周りに居た全員が思わず頷く。
――リリアの言う通りだ。
戦争となれば兵士や魔道士だけじゃなく、俺たち錬金術師も戦場へ駆り出される。
今こうして違う国の錬金術師同士が、顔を向け合って談笑していられる平和に感謝しないといけない。
……ちなみに、サンガクは過去にモリノにも宣戦布告の上侵略戦争を仕掛けている。
圧倒的な戦力差で開戦直後はサンガクが押していたものの、突如としてモリノ領地を攻めていた本隊が壊滅。
そのままモリノが勝利を収めた。
歴史的な大どんでん返しだと言われている。
当時の国王である髭じぃはサンガクを殖民地とせず和平条約を結んだ。
国内でも色々と反対意見はあったらしいが、結果として後続の各国はモリノが示す余裕の根拠が分からず侵略戦争を仕掛けあぐねたそうだ。
エイダン元国王が名君と呼ばれる所以の1つと言われている。
今回サンガクが開戦を思いとどまったのも、もしかしたら過去の教訓が生かされたのかもしれない。
……
そうこうしていると、突如として賑やかだった会場が静まり返る。
皆一堂に階上のバルコニーを見つめる。
まず最初に姿を見せたのは2人の騎士。
相当階級が高いんだろうか、全身を立派な装備で固めている。
その後に続き、おそらく大臣と思われる老齢の男性が現れた。
「皆の物、静粛に! グランツ国王陛下のお出ましである!!」
大臣の声明を受け、その場に居た一同が一斉に跪く。
会場の隅に控えていた楽団が荘厳にトランペットを吹き鳴らし、最高潮の盛り上がりの中グランツ国王陛下がテラスに姿を表した。
「友好各国を代表する、才能溢れる錬金術師達よ! よくぞこのモリノに集まってくれた。本日は存分に語らいあい、親交を深め、錬金術の発展の良き機会として欲しい! そもそも我が国モリノの錬金術は――」
国王陛下からのありがたいお言葉が続く。
一同が頭を垂れてそのお言葉を拝聴する中、ふと隣を見ると――
「!? おいティンク! お前なに普通に突っ立ってんだバカ! 頭を下げろ、頭を!」
ティンクが事もあろうか腕組みをしてウンウンと頷きながら陛下の話を聞いていた。
案の定兵士が駆け寄ってきてティンクを取り囲む。
「おい貴様! 陛下の御前だぞ! 頭が高い!」
「わ、わ、すいません、すいません!!」
ティンクに代わり慌てて謝ろうとするも、静まり返った会場でこうも騒いでしまえば嫌が応にも陛下の目に付く。
一旦スピーチを止め、不審な物を見る目でこっちを見下ろす陛下。
そして――
「……ブーッッ!!」
明らかに動揺しまくった様子で鼻水を吹き出す。
「ま、待て待て! その人には手を出すな! 良い! そのままで良いから!」
飛び出んばかりに目玉を見開いて、慌てて兵をを下げさせる。
訳は分からないが、陛下直々の命とあっては兵士も従わざるをえない。
ティンクを解放し下がっていく。
「あー、あの青臭かったグランツが随分と立派になったもんだわ」
小声でそう言って再びうんうんと頷くティンク。
陛下は目を泳がせながらも、何事も無かったかのように話を続ける。
「お、おい。……もしかして過去に何かあったのか?」
周りに聞こえないよう気をつけながら小声でティンクに問いかける。
「えぇ。何回か本気で求婚されたわ。まぁ、私の正体は良く知らなかったみたいだけど。あとお風呂も3回程覗かれた。まったく、親子揃ってなんだかなー、って感じよ」
あっけらかんと答えるティンク。
「え、えぇ……」
心なしか、陛下の演説の声が不自然に大きくなったような気がした。