10-05 銅像は勘弁してほしい
係の案内に従い進むと、通されたのは豪華な大会場。
吹き抜けになった高い天井からはどでかいシャンデリアが吊るされ、まるで散りばめられた宝石のようにキラキラと輝いている。
その周りをぐるりと囲うように真っ白な大理石の空中回廊が取り囲む。
「はぁ……さすが王宮だな。こんな部屋がまだまだ沢山あんのか?」
圧倒的スケールの非日常空間に思わず声が漏れる。
「ここは第三大広間。確か第一はここよりも広かったはず」
盛り上がる俺とは裏腹に何とも落ち着いた様子のティンク。そうだ、こいつここに住んでたんだったな。
「そういえば昔住んでた頃はパーティーとかよくあったのか?」
「まぁ程々にね。私はあんまり好きじゃなかったけど、ラージーの付き添いで何回か参加した事はあったわ。……それより、始まる前にちょっと身支度してくるから」
「ん? おぉ、分かった。どっかその辺で待ってるわ」
「迷子にならないでよ」
そう言い残すと、ティンクは会場にある大きな螺旋階段を昇って行った。
――
特にやる事もなく、広い会場の隅でガラス越しに中庭を眺めながら時間を潰す。
だだっ広い庭の木々は綺麗に手入れされていて、冬も近いこんな時期だってのに落ち葉の一つも落ちていない。
あぁ……そういえば工房の裏、落ち葉だらけになってたよなぁ。今度掃除しないと……。
そんな事を考えていると、ふと声を掛けられた。
「――あの! マグナス・ペンドライトさんですか?」
声の方を振り返ると、人の頭頂部が見えた。
目線をやや落とすと、小さな女の子が少しはにかんだ様子で俺の事を見ていた。
栗色の前髪を眉の上で切り揃えた伏し目がちで大人しそうな女の子。
歳は俺と同じか少し小さいくらいだろうか?
パーティー仕様なのか、綺麗なジャケットを着込み、長い髪を丁寧に結い込んでいる。
……んー。
全く見覚えの無い顔だ。
とはいえ、俺の名前を呼んでたし人違いって事はないだろう。
「あ! 私リリア・アガーテと申します。サンガク公国の錬金術師……見習いです!」
黙っている俺を見て、機嫌を悪くしたと勘違いしたのか、慌てて自己紹介する女の子。
……ごめん! やっぱり名前を聞いても思い出せない!
「……マグナスは俺で間違いないですが……何か?」
見るからに悪い子では無さそうだけど、得体の知れない相手に話しかけられるとついつい警戒してしまう。
ティンクの対人能力スキルが羨ましい。
「突然話し掛けてごめんなさい! どうしてもお礼が言いたくて。あの、私チュラ島の出身なんです! 実家が島で錬金術屋をやっていて……」
そこまで話を聞いてようやく合点が行く。
ローラと一緒に島を回ったときに立ち寄った錬金術屋さん。あそこの娘さんなのか!!
「あー! 島の! お母さんには色々島の事教えて貰って、お世話になりました」
不思議なもので、相手の素性が分かると初対面でも急に親近感が湧いてくる。
突然ふらっと来た観光客に親切にしてくれた店主さんへのお礼も込めて頭を下げる。
「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらです! こないだの災害でうちのお店も危ない所だったそうなんです。間一髪のところで外国の錬金術師さんが島の呪いを解いてくれて助かったって。他にも親戚とかで危なかった人が何人も居たって母から手紙を貰って知りました」
確かに、最終日のチュラ島の様子は相当な物だった。
島ごと沈むんじゃないかってくらいの嵐に、亡者の大群だからな。
残念ながらそれなりの被害も出たそうだ。
「――それで、たった1人でチュラを救ってくれた錬金術師さんというのがモリノのマグナスさんだと知って、今日お会いできるのを楽しみにしていたんです!」
そう言って両手を胸の前で合わせると、キラキラとした眼差しで俺の顔を見つめるリリア。
「……あれ、でも俺島では個人的に調査とかしてただけだから、殆どの人は俺の事知らない筈なんだけど……何で分かったの?」
あの日俺が呪いを解きに行ったのを知ってるのは、ローラの他にはホテルのオーナーしかいない。それ以外にはオーナーと話していたときその場に居合わせた数人の人達くらのはずだ。
もちろん錬金術屋の店主さんも知らないはずだ。
「それは小さい島ですから! 噂なんて1日あれば島中に広がりますよ。今や島でマグナスさんは英雄扱いだそうですよ! 広場に銅像を立てる話も出ているそうです」
なにっ!?
そういえばこないだ届いたホテルのオーナーからの手紙にもそんなことが書かれてたな!
てっきり冗談だと思ってたら、本当にそんな事になってるのかよ!?
恥ずかしいから絶対に止めて貰おう……。
「凄いですよね! たった1人で島の呪いを解いちゃうなんて! それに、この歳で“欲名”持ちだなんて……正直憧れちゃいます!!」
大人しそうな子かと思ってたら、案外ズイズイと迫ってくるリリア。
こんな可愛い子に褒められて悪い気はしないけれど、あまり過大評価されても困る。
「いや、別に島の件は俺1人でやった訳じゃないし、それに“欲名”もまぐれで貰ったようなもんで……」
後から幻滅させてしまわないように、想像と違いそうな部分は先に訂正しておく。
けれど、リリアの興奮は冷めやらないようだ。
「あの! もしお邪魔でなければ色々お話とか聞かせて頂けたら、と思うんですけれど……今日ってお一人ですか?」
これは予想外の展開!
まさか女の子からからお誘いを受けるとは、俺史上初の緊急事態だ!
こんな可愛い子からの申し出、二つ返事でOKしたいところだが……ふと通り掛かった赤髪のご婦人を見て、大事な事を思い出す。
「いや、実は連れが――」
ティンクの事を話そうとしたとき……
リリアの背後から、数人の男たちがこっちを見てニヤニヤとしながら近付いてくる。
そのまま俺たちの事を取り囲むと、驚くリリアに向かって下衆な笑を浮かべながら顔を寄せた。