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09-47 白い雷花

 ――2日後。


 ようやく帰りの船の予約が取れマグナス達は荷物を纏め港に来ていた。


 乗船手続きや荷物の積み込みで忙しいマグナスとカトレアから、少し離れた場所で海を眺めるティンク。


 その隣にはローラの姿があった。


「本当にありがとうございました。お2人が居てくれなかったら、私1人ではどうなっていた事か……」


 改めて頭を下げるローラ。


「別にいいわよ。私も島の人魚伝説について気になってたし。噛み合わない伝説――例の男が島で有る事無い事言いふらしたもんだから現実とは違う言い伝えになったのね」


「……そう、かもしれませんね。私も長い事人間とは接触せずに暮らして来たので、本当のところは分かりませんが」


 そう言って遠く海の彼方を眺めるローラ。


「……あなた、これからどうするの? 呪いも解けたんだしもう何処にでも行けるでしょ?」


 ティンクの問いに少し考え込む。

 優しい海風がローラの長い髪を靡かせ、静かな水面のように揺れる。


「……いえ、この島に残ろうと思います。元はと言えば私のせいでこんな大事件になってしまったんです。陰ながらでも島の為に出来る事をしていこう思って」


 心なしか哀しげな表情のローラ。

 そんな彼女を見て、小さなため息を漏らしつつティンクが答える。


「――てかさ。前にも言ったけど、悪いのはあの男で、あなたは別に悪くないと思うんだけどね。もし落ち度があるとすれば、男を見る目っていうか、男運が悪かっただけじゃない?」


 落ち込むローラを励まそうとしたのか、ティンクなりに気を利かせてのフォローだった。


「そう……ですかね。だとしたら――ティンクさんは両方とも完璧ですね。……羨ましい」


 そう言って、船着場で3人分の荷物をせっせと運ぶマグナスを見るローラ。



「……ねぇ、1つ聞いてもいい?」


 そんなローラの横顔を暫く黙って見ていたティンクが声を掛ける。


「はい、何でしょう?」


「長寿な人魚からすれば人間なんてすぐに死んじゃうでしょ? すぐに別れが来るって分かっててする恋なんて、辛いだけじゃない?」


「……そんな事ないですよ。例え辛い別れが決まっていたとしても、それを理由に踏み出さない事の方が私は辛い事だと思います。一緒に居られる時間が短いからこそ、その時間を精一杯大切にすれば良いのじゃないかと。……そう思いませんか?」


「……以前は全くそう思えなかったけど。――言われてみればそうかもしれないわね」


 そう言ってティンクは潮風に揺れる赤い髪を片手でかき上げる。

 その視線の先にはマグナスの姿が。


 そんなティンクの横顔を見て、ローラが意地悪そうな笑みを浮かべて問いかける。


「……そういえば、今更ですけれど――ティンクさんとマグナスさんは恋人同士なのですか?」


「――へっ!? ち、違うわよ! ただの仕事仲間兼同居人! 言うなれば腐れ縁って奴よ!」


 顔を真っ赤にして否定するティンク。

 それを見てローラは嬉しそうに、両手をポンと合わせる。


「そうなのですね! うーん……それなら」


 口元に人差し指を当てて考え込むローラ。


「やっぱり前言撤回で、マグナスさんに着いて行くのも良いかもしれませんね! モリノに海はありませんが、大きな湖があると聞いたので。人魚でも十分住めそうですし!」


「は、はぁ!? ちょ、何言ってんのよ!?」



 慌てるティンクの事は気にも止めず、ローラはマグナスの側へと駆けて行く。


 ……


「マグナスさーん!」


「おぉ、ローラ! 見送りありがとうな! 今回ローラのおかげで色々助かったよ!」


 丁度最後の荷物を積み終わったマグナスが額の汗を拭い振り返る。


「いえ、こちらこそ! 短い間でしたが本当に楽しかったです。……これ、お礼にもならないかもしれませんが、良ければ持っていってください!」


 そう言ってローラが手渡したのは古い書物だった。

 パラパラとめくると、丁寧な字で書かれた数式や図形がびっしりと書き込まれている。

 どうやら錬丹術の研究書のようだ。


「――いいのか? 貴重なものじゃないの?」


「私が錬丹術について調べた物です。一応何百年も掛けて実証を重ねた物なので、それなりの価値はあると思いますよ。――もう私が持っていても意味がないので是非使って貰いたくて」


「――そっか。それじゃあ遠慮なく頂くよ!」


 パラパラとページをめくると、雷花の押し花を施した栞が挟まっているのに気付く。


 栞を手に取ると、ボロボロになった本とは違いまだ真新しい事に気付く。


「それ、昨日作ったんです。あまり綺麗になりませんでしたが……」


「へぇ。白い雷花? 珍しい物なんじゃないのか?」


「えぇ。白い雷花は、赤い物に比べて薬効も薄く価値も低いのであまり栽培されていないんです。ただ、元々は島中に沢山咲いたんですよ。今では私しか知らない海岸に少し咲いているだけですが。……もしその栞を見る事があれば、時々で良いので私を思い出して貰えると……嬉しいです」


 精一杯の笑顔ではにかむローラ。

 その顔を見てマグナスは複雑な心境を覚える。



 雷花の花言葉は


『諦め、別れ……悲しい思い出』



 この出会いは、ローラにとってまた一つ人間との悲しい思い出になってしまったのか。

 そう思うと心苦しく感じたのだ。



 ……けれど、そんなマグナスの心配とは裏腹に、ローラは意外な行動に出る。


 マグナスのすぐ前に立つと、そっと両頬に手を触れ――その頬にキスをした。


「――へ?」


 呆気に取られて固まるマグナス。


「なっ!」

「えっ!?」


 傍で見ていたティンクとカトレアも突然の出来事に完全に思考停止して固まる。

 そんな2人を尻目に、恥ずかしそうに船の影へと走り去るローラ。

 程なくして海に飛び込む音が聞こえた。



「――ち、ちょっと待ちなさいよ! 何勝手な事してんのよこの魚類!! カトレア! 竿! 釣り上げてやるんだから!」


 我に帰ったローラが鬼の形相でカトレアに指示を出す。


「はい! 直ぐに!!」


 カトレアも本気で釣竿を探しに走る。



「おいおい、人魚を一本釣りって……夢もロマンも無ぇな」


 呆れるマグナスだったが、内心は勿論ドキドキが止まらない。




 後にモリノに帰ってから知った事だが、雷花はその色によって異なる花言葉を持つらしい。


 白い雷花の花言葉は――



 "また会う日を楽しみに"



 いずれまた、あの美しい島へ行ってみよう。

 そう心に思った夏の終わりだった。

お読み頂き有難うございます(>_<)

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