09-46 あの世とこの世が交差する島
島に戻ると、街のあちこちで人が集まっていた。
聞こえてくる話では、やはり街中でも亡者が暴れ回ったらしくいくつか被害が出たらしい。
襲撃の規模もこれまでに無い程大掛かりで、本島へ軍の派遣も依頼した程だったそうだ。
けれど、あの嵐の中では船も出せず支援は断念。
このままではいよいよ島が危ない――という所まで来ていたらしい。
そんな状況の中、島中を包み込む程の謎の閃光がほど走り、一瞬にして嵐も亡者も消え去ったものだから皆驚いている訳だ。
中には伝説の人魚様が島を守ってくれた、いやいや、誰かが悪い人魚を伝説の錬丹術で打ち破ったんだ、など荒唐無稽な噂話も飛び交う程。
ほんとこの島の人魚伝説はいい加減なもんだな。
――ホテルに戻ると、俺たちに気付いたカトレアが物凄い勢いですっ飛んで来た。
「ティンク!! 怪我したの!?」
ティンクに駆け寄るや否や、包帯を巻いた腕を心配そうに調べるカトレア。
下手に触ると傷口が開くので辞めて欲しい。
「大丈夫よ。マグナスがすぐ手当してくれたし、もう血も止まってるわ」
そう言って包帯を巻いた手をグルグルと回して見せるティンク。
いや、だから傷口が……。
「あんまり無茶すんな。俺は応急処置しただけだからな。ちゃんと医者に診てもらえよ。化膿でもしたら大変だから」
「……分かったわよ」
「こっち! お客さんの中に何人かお医者様が居て怪我人の手当てをしてくれてるの。診てもらおう!」
カトレアに手を引かれ、ロビーに作られた臨時診療所へと向かうティンクを見送る。
「――マグナスさん! まさかと思っていましたが、やはりお2人がやってくださったんですね!?」
カトレアと入れ替わるように、今度はホテルのオーナーが駆け寄って来た。
「え、えぇ。ギリギリでしたけど。これで島の呪いは解けたはずです」
「おぉ、さすがです! さすがモリノの錬金術師殿!!」
歓喜するオーナーと熱い握手を交わす。
余程実直な人なのか、その場ですぐ報酬についての話になったが忙しそうなので落ち着いてからで良いと断っておいた。
リゾートホテル群もそれなりに被害を受けたようだが、幸い重篤な怪我人な出なかったそうだ。
壊れた施設を補修するために、職員達が大急ぎで修繕に取り掛かっている。
気がかりなのは、呑気な観光客も流石に今回の襲撃にはまいったようで『こんな島に居られるか!』と予定を繰り上げての離島ラッシュが起きているらしいという事。
いくら呪いはもう解決したと言った所で、この状況じゃ中々信じて貰えないだろう。
お陰で帰りの船は既に数日先まで満席だそうだ。
これは軌道乗っていた観光業にとってかなりの痛手……かと思いきや、中には"普段は中々出来ない体験が出来てドキドキした"とかいう呑気な客層もそれなりにいるらしいから驚きだ。
まあ、元々チュラは他とは比べものにならないほど綺麗で魅力的な島だ。
多少時間はかかるかもしれないけれど、観光客も直に戻ってくるだろう。
騒ぎのせいで、カトレアも商談どころでは無くなってしまい今回の話は一旦無かった事に。
これを持って俺たちが島に残る理由は無くなってしまった。
とは言え、船便の予約が取れるまであと2,3日かかるという事で、あと数日島でのんびりさせて貰う事になった。
チュラ島を救った英雄扱いということで滞在費はホテルや島が持ってくれるそうだ。
文字通り、のんびりとバカンスを満喫だ。
それだけでも十分仕事した甲斐があった。
―――
その日の夜、ホテルのオーナーに勧められ街の海岸へ行ってみることに。
海岸では大勢の人々が集まっている。
服装などからして観光客ではなく地元の人々のようだ。
皆が手に持っているのは……灯籠だろうか?
大人なら片手で持てるくらいの小さな木製の船に、和紙で作った四角い箱が乗せられている。
「なんだ? あんな騒動があった直後なのにまだお祭りやんのか?」
「『こんな時だから』だそうですよ。この島の人達にとって“盆帰り”は単なるお祭りではなくこの世とあの世を繋ぐ大切な儀式でもあるみたいですから」
カトレアが島の人達に聞いた話を教えてくれた。
これは“送り火”といって“盆帰り”の最終日に行う締めの儀式なんだそうだ。
あの灯籠に火をつけ海に流す。
先祖の霊たちは、その灯籠の灯りに導かれ再び黄泉の国へ戻っていくのだそうだ。
故人を尊び懐かしみ、年に一度くらいは想いに耽りゆっくりと酒を酌み交わす。
あの小島の練丹術を見た今なら、少し分かる気がする。
全てはあの世とこの世が交差する、この神秘的な島の伝統な訳だ。
かつてこの島には不死の人魚が存在していた。
その伝説がこの島の錬丹術の発祥となり、それが廃れた後も祭りという形で残ったんだと思う。
もしかしたら亡者を呼び起こすあの呪いも、死者との再会を願った人々の思いが何処かでねじ曲がって生まれた物なのかもしれない。
まぁ、所詮外から来た錬金術師である俺には本当の所を知る術は無いが。
淡い光を放つ灯籠が次々と海へと流されて行く。
モリノの迎夏祭の蛍火とはまた違う、淡く何処か寂しげな光が幻想的に海を包み込んでいった。