09-42 不死を手に入れた男
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
薄暗くなった洞窟の中で青年は目を覚ます。
「……俺は……生きてるのか?」
身体を起こそうとすると、傍に居たローラがそれを支えてくれた。
「ローラ……? 足が!」
ローラの足を見た青年が驚きの声を上げる!
「はい。あなたが私にくれた足です」
「成功……成功したんだな!!」
起き上がり、子供のように飛び上がって喜ぶ青年。
しかし――そこでふと気付く。
「……あれ? でも、おれは確か術に失敗して死にそうに……」
そう言って辺りを見渡すと、確かに床には大量の血痕が残っている。
自分もローラも服は血まみれだ。
なのにズタボロに割けたはずの両足だけは綺麗に元通りになっている。
「……一体、どうなってる?」
戸惑う青年を見て、少し躊躇しながらも黙ってにっこりと笑うローラ。
「……まさか、お前――俺に?」
「――はい。私の血肉を差し上げました」
青年はそれを聞いて、ただあんぐりと口を開けて驚く。
「もしかしたらご存知かも知れませんが、人魚の血肉には食した者を不死にする効果があります。ただその効果が現れるのはごく一部の人魚だけであり、しかも最初に分け与えた1口だけ。なので与える相手は本当に大切に思う相手――」
頬を赤らめ話すローラを遮り、青年が絶叫する。
「お、おまえぇぇ!!? まさか俺をバケモノにしたって言うのか!!?」
「――!? ば、バケモノだなんて……私はただ……!?」
青年の思わぬ反応に狼狽え固まるローラの肩を両手で掴み、発狂しながら青年は叫ぶ。
「誰が不死の体など望んだ!? 不死とはつまり、肉体という牢獄で永遠にこの世に捕らわれ続けるという事だぞ!!」
――正直ローラには彼が何に怒っているのか分からなかった。
元々ローラの寿命は人間よりも遥かに長い。
短命であり故に強欲でもある人間という生き物は、皆不老不死を望んでいると聞いた事もあった。
彼が強欲だとは思わないけれど、人類共通の夢である不死の望みを叶えたとなると、絶対に喜んでくれると思っていたからだ。
「あ、あの、ごめんなさい。私喜んで貰えると思って。だってあのままだとあなたが死んじゃうと思ったので……」
おろおろと許しを請うローラだが、そんな彼女を押しのけフラフラと洞窟を出ていく青年。
慣れない足でどうにかその後を追うが、ローラが洞窟を出た時……既に周囲に彼の姿は無かった。
その後しばらくして、近くを通りかかった漁師に助けて貰ったローラ。
どうやらローラが島に近づくため封印を解いた事により、人間でもこの島に近づけるようになったようだ。
その後……ローラは島で人間として暮らし始めた。
最初は行方不明となった青年を探すため。
調べて行く中で青年の事も詳しく知る事が出来た。……あまり知りたくはない事実だったが。
青年は練丹術の研究が上手く行かずチームから外されそうになったのではなく、常軌を逸した危険な研究に手を染めた事で研究者の資格を剥奪されたのだ。
自身の研究の正当性を主張するために、島に眠ると言う古代の錬丹術や、人魚伝説に関する研究を独自に進めていたのだと。
彼がいつこの計画を思い付いたのかは分からない。
もしかしたら、最初から少なからずそういった目的があり近付いてきたのかもしれない。
それを知った時、ローラは初めて自分の過ちに気づいた。
自分にとっては彼こそが全てであり運命の出会いだと思っていたが、彼にとってローラは単なる錬丹術の“道具”でしかなかったのだ。
けれど、それと同時に何かの間違いではないのかと思う自分もいた。
だって、あんなに優しくて常に私を愛してくれたあの人がそんな事をするはずがない、と。
……何も信じれなくなったローラは、その後人間との関わりを極力避け、街はずれで独りひっそりと暮らすようになった。
―――――
それから何十年が経っただろうか。
小かった子供が大人になり、やがて年老いて自らの子供に看取られその生涯を閉じる。
そんな流れが2,3巡した頃――
いつ終わるとも知れぬ長い命を僅かに擦り減らしながら、何の変哲も無い日々を過ごしていたローラの目の前に――例の青年が姿を現したのだ!
本来ならば不老不死となっているはずだが、その姿は痩せこけまるで骨と皮だけのようになっていた。
……原因は明らかだ。
練丹術の影響を受けた時点でローラは完全な人魚では無くなってしまっており、その影響を受け不老不死の効果も不完全なものになったのだろう。
開口一番、男はローラに詰め寄りその肩を鷲掴みにすると、握り潰さん程の力を込めて迫った!
「――お前の鱗を寄越せ!」
どうにか男を落ち着かせ話を聞く。
――男はあの時、海に身を投げ入水自殺を試みたのだった。
勿論死ぬ事は出来なかったが、一つ分かった事がある。死にはしないものの、死の痛みと恐怖はそのまま記憶に刻まれると言う事。
死ぬ方法は数あれどそれらを一つずつ試して行く勇気はとても無かった。
ならばせめてと、自らが所属していた研究機関に戻り“不老不死に限りなく近い身体“を資本に名誉を得ようと試みた。
彼の言う事が事実だと分かるや否や、彼を追放した学長達は掌を返すように高待遇で迎え入れてくれた。
彼が過去に犯した罪も水に流し、異端として凍結されていた彼の研究内容ももう一度見直そうと言うのである。
願ってもない待遇に歓喜し二つ返事で研究所に戻った彼だったが……待っていたのは、監禁された上での人体実験の数々だった。
研究者達にとって必要なのは“不老不死の生物”ではなく、そこに至るための過程なのだ。
死ぬ事のない彼は、逃れる事のできない苦痛を日々味わい続けたのだった。