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09-41 陸を夢見た人魚

 ある日の事――


「……実は、もうすぐこの島を離れなければいけないんだ」


 告げられた突然の別れ。


 青年の携わっている錬丹術の研究が上手く行っておらず、人員削減のため成果が芳しくない者は研究チームから外されるというのだ。

 青年も、一生懸命に頑張ってはいるものの残念ながらあまり成果を上げられていないうちの1人だった。


「そ、そんな……! 何か手は無いのですか?」


 突然の話に狼狽えながらも一緒に解決策を模索するローラ。


「――手があるとすれば1つだけ……」



 青年の告げた話はこうだ。


 チームが研究している錬丹術は、“生物の進化”が主たるテーマだ。

 その目的は"人間を超える新たな種族の創造"という壮大なもの。


 そのテーマにとって、人魚は大変魅力的な研究対象となる。

 人間を遥かに凌ぐ魔力を持ち、寿命や生命力も人間の比ではない。

 伝説の中には、陸に憧れた人魚が人間の足を手に入れる話もある。



「もしこの伝説を錬丹術で実現できたら、一気に主席級の成評価が貰えるはずだ。しかもそこに行きつく可能性があるのは僕だけだ。なんせ、皆んな人魚なんて伝説上の存在だと思ってるんだから!」


 この頃には既に人魚はチュラ島のおとぎ話となっており、その存在を認識しているのは青年ただ1人だった。



「ただ……この実験には君の協力が不可欠だ」


 先程までの自信に満ちた表情から、急に不安げな顔を見せる青年。


「私に出来る事なら何でもします!」


「危険が伴うかもしれない……」


「かまいません! それに……」


「――それに?」


「……もし人間の足があればあなたともっと一緒に居られるから」


 青年の不安を吹き飛ばすかのように、ローラは精一杯の笑顔で笑ってみせた。



 ――その日から2人は寝る間も惜しんで錬丹術の研究に明け暮れた。


 ……しかし、研究が進めば進む程、青年の持つ技量と知識ではどう足掻いたところで到底完成にこぎつけそうにない事が判るばかり。


 連日の徹夜からくる疲れもあり2人の心も折れそうになったそんな時。

 青年の研究ノートを見ていたローラがある事に気づく。


「そういえば……これとよく似た文様を見た事があります!」


「え、何処で?」


「確か……近くの小島に古くからある遺跡です。この島に人魚が住み着くよりも昔からあった古代の遺跡だと聞いています」


「その島に連れて行ってくれないか!!」



 その小島は特殊な霧と海流で封印が施されており、人間では近づく事が出来ないようになっている。

 そのため、未だにこの島へ人間が踏み入った事は無い。


 なぜそのような封印がなされているのかについては、もう随分と昔からそんな状態なので人魚の中でも知る者は居ない。


 けれど、今のローラにとってはそんな古い話よりも青年の研究の成功の方こそ重要だった。



 青年を連れ島を訪れるローラ。


 洞窟を抜け、遺跡を目の当たりにした瞬間、青年は目を見開きうわ事のようにふらふらと遺跡へと歩み寄って行く。


「見つけた……まさか本当にあっただなんて」


「あの……お役に立ちそうですか?」


 今まで見たことの無い、血走った目で興奮する青年の姿を見て何とも言えない不安を感じたローラ。


「勿論だ! 直ぐに錬丹術の準備にかかろう!!」


「え……今からですか!? 私まだ心の準備が……」


「何言ってるんだ! 他に先を越されたら……いや、こうしている間に研究の打ち切りが決まったら君とはもう一緒には居られないんだぞ!!」


 声を荒らげて怒鳴る青年。


「……わ、分かりました」


 その気迫に押され、恐る恐るながらも実験の慣行を認めてしまったローラ。



 青年は持ってきた鞄から様々な薬品や植物、怪しい置物などを取り出し祭壇の周りに並べて行く。

 祭壇に掘られた文字のような文様を順に読み上げ、今度はナイフで周囲の床や壁に何か記号のような物を刻んでいく。


 休むことなく夢中で作業を続ける事、実に半日近く。


「……出来た! これで完璧なはずだ!!」



 青年に手を引かれ、祭壇の前へと連れてこられるローラ。

 海から上がりもう随分と時間が経っていたため、既に意識は朦朧としていた。


 そんなローラの様子には構いもせず、祭壇に向け呪文を唱え続ける青年。



 やがて――祭壇から淡い光が発せられ……気づけばローラの尾ひれは人間の両足へと変化を遂げていた!


「や、やりました! 凄いです! 人間の足ですよ!!」


 初めての“足”感覚に上手く立ち上がる事が出来ずよろめいてしまう。

 祭壇につかまりどうにか立ち上がると、急いで男の元へ駆け寄り、思いっきり抱き着こうとする!


 が……


 そこでローラが目にしたのは、下半身がズタボロに割け血まみれで倒れる青年の姿だった。


「ガハッ…! な、何故だ!? どこがいけなかった……私の、理論は完璧のはず……ゴッ」


 目は既に見えてもいないようで、血を吐きながら譫言のように繰り返す青年。

 ローラの目からも分かる。

 このまでは直にこの人は……死んでしまう。


 抱き起した腕の中で繰り返し血の塊を吐き、ヒューヒューと今にも消えてしまいそうな呼吸を繰り返している。


 ――もはやローラに選択の余地は無かった。


『今の自分は人間なのか人魚なのか……?』


 彼と出会ってからは、自分が人魚である事を何度となく悔やんだ。

 けれど、今はどうかまだ人魚の力が残っていて欲しいと願う。


 意を決し、自分の腕に力一杯(かじ)り付きその肉を――かみ切る。

 そして、その肉片を口移しで青年の口の中へと流し込んだ……。

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