09-35 錬金術の洞窟
「長くはもちませんが、暫くなら凌げると思います! ――どうかご無事で!!」
島に着くと、トライデントさんが最後の魔力を振り絞って入り口に水の障壁を張ってくれた。
中に入ってこようとする亡者が水壁に触れると、凄まじい水流で弾かれ吹っ飛んで行く仕組みだ。
限界ギリギリまで頑張ってくれたようで、話し終わるや否や速攻で消え去ってしまうトライデントさん。
「無理させて悪い! ありがとう!」
聞こえたかどうかは分からないけど、霧散する光の粒子に向かってお礼を叫ぶ。
「――さぁて、ここからは時間との勝負だ!!」
付近にあった松明に火をつけ、周囲を警戒しながら奥の広間へと向かう。
……
通路を進み、広間にある祭壇までたどり着く。
背負ってきたリュックから小型の投光器をいくつか取り出し、ティンクと手分けして辺りに設置する。
スイッチを入れると、投光器に籠められた光の魔力が活性化し辺りを明るく照らし出していく。
前に来たときは暗くてよく見えなかったが、祭壇だけでなく周囲の壁面にもびっしりと幾何学的な文様や文字のような記号が掘られているのが分見て取れる。
それらが投光器の灯りに照らされキラキラと黄金の輝きを放つ。
おそらく特殊な加工がされているのだろう。
暗闇に浮かび上がる文様や文字に囲まれていると、まるで宇宙に浮かぶ星空の中に居るようだ。
「何か……神秘的ね」
「あぁ。これは……凄ぇな」
そんな場合じゃないのは分かってるが、その幻想的な景色に思わず見とれてしまう。
「……なるほどね。こないだは気付かなかったけど、この辺りは文章になってる。統一言語じゃないわね。……相当古い文字かしら」
壁面に書かれた文字列にそっと触れるティンク。
「読めるのか?」
「全然。ただ、図形の方は何となく理解できるわ。そうね――外周に並べられてるペンタグラムが起点で……」
持ってきたチョークで壁に数字を記入していくティンク。
じいちゃんから教わった、未知の錬金術レシピを解析する時のやり方だ。
俺もティンクに続き、壁面の図形へ次々と数字を書き込んでいく。
「外から内に向けて魔力を伝えてるみたいだな。……となると終点は――あの祭壇か」
パッと見たところ、魔力が中央の祭壇目掛けて集まるように構成されているようだ。
「ここが分岐で……ん? 三叉路になってるのかしら」
「いや、そこは分岐じゃなくて結束じゃないか?」
ティンクと互いに意見を出しながら、異なる始点から解析を続けていく。
「え、違うでしょ!? 2番と8番が分岐なんだからここもそうよ」
「2,8は確かにそうだけど、そこが分岐だとしたら14番が辻褄合わなくなるぞ」
「……確かにそうね。何処か間違えたかしら……」
こうやってると、昔じいちゃんと一緒にした錬金術の勉強を思い出す。
家族の中で錬金術が分かるのは俺とじいちゃんだけだったし、じいちゃんが病気になってからは独りで本を読む事でしか錬金術と触れ合う事は出来なかった。
それが、工房を持って、ティンクと一緒に住むようになってからは夕飯を食べながらやお客さんの居ない店番の合間など、暇を見つけては錬金術について議論を交わす事が出来るようになった。
お互いに頑固な所があるのでよく言い合いにもなるが、こうしてティンクと錬金術の話をしている時間が、今は一番楽しい。
「あーもう! これ本当に使えるの? どう考えても矛盾するんだけど!」
ティンクがイライラとした声を上げる。
「落ち着けって。俺達の錬金術と根底は一緒かもしれないけど、体系としては全くの別物だ。何処かで俺達が知らないような法則があるんだろ」
手に持った本をペラペラとめくる。
錬金術屋で買った、この島の錬金術に纏わる書物だ。
壁に描かれた模様は、確かに錬金術のレシピを表す図形に酷似ている。
魔力の伝え方も錬金術そのものだ。
けれど、俺たちの知る錬金術にそのまま当てはめようとすると必ず矛盾が生じてしまう。
何だ!?
俺たちの錬金術と根本的に違う事……。
錬金術に必ず必要なもの。
素材とレシピ、それから……釜!
「――そうか、この錬金術……錬丹術では"火"を使わないんだ。この祭壇が釜みたいな役割を果たすのは間違いないけど、原動力は"火"じゃなくて……"海"なんだ!」
「――そうよ! 根底にある属性が"火"じゃなくて"水"なんだわ。私、天才!?」
俺の閃きをあたかも自分の事のように喜ぶティンク。
「となると、20番台の解釈が全部逆転するから――」
チョークで書いた文字を急いで書き直す。
「さんざん悩まされた2番と8番と14番もそれなら辻褄が合うわね!」
ティンクも大急ぎで数字同士を線で結んでいく。
これなら行けるんじゃないか!?
解析が一気に進みだした――その時
入り口の方から亡者のうめき声が上がる!
ヒタヒタと足音を立てて、亡者が通路を進んでくるのが分かった。
トライデントさんの結界が切れたようだ――
「ねぇ! 何か通路の方ヤバそうな雰囲気じゃない!?」
祭壇を調べていたティンクが振り返らずに叫ぶ。
「くそ、あと少しだってのに――!」
焦りから、作業を急ぐ手が思わず震える。