09-32 星夜を穿つ槍
カトレアや他の人々が無事に陸まで退避したのを見届け、海に向かって声を掛ける。
「もう出てきて大丈夫だぞ!」
海面から顔をだし大きく深呼吸するトライデントさん。
「海の中の亡者も粗方片付きました。これでこの辺の亡者はこれで殆ど片付きましたけど……あーもう、最悪です。くっさいし。帰ったら3回はシャンプーしないと……」
長い髪を手櫛で梳かしながらぼやくトライデントさん。
アイテムさん達の普段の暮らしが気になって仕方がない所だけれど――今はそれどころじゃないな。
「陸の方でもまだうろついてると思うんだけど――もしかして纏めてどうにか出来る?」
「勿論です。こうなったらヤケクソです。一気に片を付けましょう! これでやっと魔力を使いきれそうですよ!」
大きく息を吸い槍を天高く掲げるトライデントさん。
海上に吹いていた風がピタリと止み、辺りが不気味な程の静寂に包まれる。
目を閉じたまま静かに、けれど力強く言の葉を紡いでいく。
『魂の送り人、冥府への道を示す者よ。
哀れな魂がどうか惑わぬように。
悠久の時を渡り、
瞬き、煌めき、群列を成し
その旅路に終焉へを示せ!
【メロウのトライデント】固有奥義――"凪夜の鎮魂歌"』
詠唱を終えると共に、手に持った槍を天空高くへと投擲する!
輝く流星となった【メノウのトライデント】が夜空に消え去った直後――
空に瞬いていた数えきれない程の星達がその輝きを一層と増し――光の雨となり一斉に大地へと降り注ぐ!!
地に落ちた光の粒は、弾ける礫となって次々と亡者を葬り去っていった。
その威力は絶大。
海辺の亡者を一掃するのに10秒もかからなかった。
――ちなみに後から聞いた話だけれど、この技も普通なら熟練の冒険者が一生かかって習得できるかどうかという秘奥義中の秘奥義らしい。
今更ながら、凄いな――“マクスウェルの釜”
「ふぅ……八つ当たり完了です」
すっきりした顔で満足げに呟くトライデントさん。
八つ当たりの規模が天変地異レベルなんだが……。
ちょっと天然の入ったおっとり系のお姉さんかと思ってたが、あまりこの人を怒らせてはいけないようだ。
「まさか一撃とは、さすがね。これで海の呪いも解けるかしら」
ティンクがパチパチと小さく拍手する。
「いえ――ダメですね。呪いについては依然濃いままです。おそらく“元”を叩いてしまわないとまたすぐに亡者が湧き出てきます」
亡者はあくまでも呪いが生み出す副産物。
やっぱり呪い自体を解除しないと根本解決にはならないのか……。
「あ。それと、気のせいかもしれませんが……ひとつ気づいた事があります」
トライデントさんが口元に人差し指を当てて不思議そうに呟く。
「あの亡者、"私達"とどこか似てるような気がするのですよ」
「"私達"って……アイテムさん達とってこと?」
「はい。何というか上手く言えませんが……自然界に存在するものではなく、何か特別な力によって生み出されたみたいな……」
そこまで言って腕を組み考え込むトライデントさん。
「呪いで生み出されてる化け物なんだからそりゃそうでしょ」
ティンクが訝しげに答える。
「それはそうなんですけど……呪術で呼び出す怨霊とも違うような気がするんですよね。……まぁ、あくまで私の勘なのであまり気にしないでください!」
「ありがとう! 一応気にかけておくよ。とにかく助かったよ!」
「いえ! お気をつけくださいね」
そう言うと淡い光に包まれてトライデントさんが泡となって姿を消す。
陸では駆けつけてきたホテルの従業員たちに連れ添われ、逃げて来た人達が本館へと避難していくのが見えた。
どうにかこの場は収まったみたいだけれど……これはいよいよ猶予が無いな。
―――――
混乱が収まり徐々に状況が分かって来た。
亡者の奇襲で、ホテル周辺を中心に観光エリアの広範囲に渡り被害が出たらしい。
幸い観光エリアには各国の金持ちが多く滞在しており、それぞれ連れている護衛のお陰で高級ホテルなどは比較的速やかに迎撃に成功。
一般客向けの宿泊施設周辺でも、連日の被害を受けて島側が警戒を強化していたため甚大な被害にはならなかったそうだ。
とは言え、少なからず怪我人も出た。
こんな襲撃が連日続くようでは観光地としてやっていけないだろう。
それに警備の手薄な一般市民の居住エリアに亡者が出ればこれだけの被害では済まないだろう。
「……こうなったら、呪いの元を直接叩くしかないな」
部屋に戻りティンク、カトレアと作戦を練る。
「どういうこと?」
「これだけ広範囲に渡る強力な呪いが、長年に渡って効果を発揮し続けてるんだ。どこかに原因となる"呪祖"があるはずだ。それさえ解除しちまえば異常気象も亡者もまとめて止まるはずだろ」
「それはそうだけど――それこそ私達、解呪の専門家じゃないわよ。……まぁ経験はあるけど。そんな何百年も続くような強力な呪いなんて太刀打ちできると思えないけど」
「それに関しては……一応心当たりがある。それに、トライデントさんの言ってた事がもし本当なら――これは俺がやらなきゃいけない仕事かもしれない」