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09-31 水場の覇者

 真っ暗な海面に落ちる間際――


 一際高い波が打ちあがり、群がる亡者もろとも空中へと放り投げられた。



「――へ?」



 ふわりと宙を舞いながら周りを見ると、一緒に巻き上がった海水がそこかしこで集まり、いくつもの水球を模っていく。

 それらは瞬時に鋭い槍の形を成し、次々と亡者に向け飛翔する!


 水の槍は急所を的確に捉え、深く突き刺さるなり――爆散!!




 突然の出来事に呆気に取られ、受け身を取るのも忘れ桟橋に尻餅をつく俺。


「――痛って!」


 尻をさすって蹲っていると、バラバラになった亡者の破片が無数に降り注いでくる。



 うぉ!! ――な、何だ!?

 何が起きてる?


 改めて辺りを見ると、再び海からフワフワと水球が立ち昇ってくる。

 さっきと同様に無数の槍を形成し、今度はティンクに群がる亡者たちの頭部を次々と弾き飛ばしていく。



 急いで駆け寄り、さっきまで亡者だったヘドロの山の中からティンクを引っ張り出す。


「大丈夫か!?」


「まぁね。うぇ……ドロドロ。――てか、今のなに!?」



 えっと、確か……

 魔法に関しては専門外だが、一応参考書で読んだ事はある。



 ――スパークリング・ランス。


 高濃度の気泡を含む水で槍を創造し、相手に突き刺し爆発させる魔法。



 確か水の中級魔法のはずだけど……だとしたらなんだこの数は!?

 中級魔法なんて、そんちょそこらの魔法使いじゃ連射できないはずだぞ!?



「お2人とも、大丈夫ですか!?」


 どこかからか女性の声がする。

 桟橋の上を見渡してみるが、辺りには俺達以外誰も居ない。


「下です、下!」


 改めて声の方を見ると、桟橋の下、海面から顔を覗かせているのは――


 トライデントさんだった!



「え!? 何で!?」


「何で、じゃないですよ! あのポーション、どれだけ魔力を込めて錬成したんですか!? 全然魔力切れにならないんで、ずーーっとくっさい海で待機してたんですから!」


 腕組みをしてぷっくりと頬を膨らませ怒るトライデントさん。

 そ、そう言えば、素材があんまり手に入らなかった代わりに、限界まで魔力を込めといたんだった。


 ……あ。

 さっきコテージで海から感じた視線はトライデントさんだったのか。



「――まぁ、それはともかく。ごめんなさい、本当はもっと早く助けに来ようと思ったのですが、海の中でこいつらに邪魔されて……。とにかく、このドロドロたち片付けますよ!」



 トライデントさんが手に持った槍を掲げると、海から次々と水球が浮かび上ってくる。


「流石にこれだけの数を同時に操った事は無いんで……。もし間違って当たったら――ごめんなさい!」


 何やら物騒な事を叫びながら槍を振り下ろす!


 その動きに呼応し漂う水球は槍の姿を成し、人々を襲っていた亡者の頭部を正確に撃ち抜いていく!


 そこら中で炸裂音が響き、あれだけ居た亡者の群れがあっという間にただのヘドロの塊となって崩れ落ちていく。



「す、すげぇ……」


「さすが水辺での戦闘のプロフェッショナルね」


「はい! 大量の水さえあれば朝飯前ですよ!」


 槍を高々と掲げ自慢げに笑うトライデントさん。




 撃ち漏らしがないか慎重に確認しつつ、一旦中継地点の広場まで戻る。


 広場では何が起きたのかも分からず人々が混乱していた。

 詳細は濁しつつも、とにかく亡者は一掃出来た事を伝えながら怪我をした人達を救助して回る。


 亡者に腕を引っ掻かれた人。

 逃げる時に転んで擦りむいた人。

 怪我人は多いが、幸い重傷者は居ないようだ。


 さっきティンクに声を掛けられていた男性も無事だった。

 腰を抜かしながらも、ティンクに言われた通り一生懸命戦ってくれたらしい。

 手に持ったグニャリとひしゃげたオタマが戦いの激しさ(?)を物語っている。


「に、兄ちゃん、凄い人だったんだな……」


 ここからじゃトライデントさんの姿が見えないので、どうやら俺たちがやったと思っているようだ。


「ま、まぁそれなりに危なかったけどね。さぁ、立って」


 男性の手を引き立ち上がらせる。



「――ティンク! マグナスさん! 大丈夫ですか!?」


 俺達の姿を見つけたカトレアが駆け寄ってくる。


「カトレア! 良かった、怪我は無い!?」


 手を取り合ってお互いを心配し合うティンクとカトレア。


 カトレアの傍らには複数の子供達が。

 子供達が口々にお姉ちゃん、お姉ちゃんとカトレアに縋り付く。


「お姉ちゃんのお友達が悪い奴らやっつけてくれたから! もう大丈夫だよ。さぁお父さん達探そう」


 しゃがみ込み子供達の頭を優しく撫でてあげるカトレア。

 どうやら親と逸れた子供達を庇ってくれていたようだ。


 ……ティンクの影響もあってか、随分と逞しいお嬢様になったなと思う。

 病弱で屋敷から殆ど出た事が無かった頃がもう思い出せないくらいだ。



「さっきの――マグナスさんの錬金術の力ですか!?」


「あぁ、まぁ俺というより“アイテムさん”の力だけど」


「凄い……直接見たかったです」


「まぁ、そのうちにな。……とりあえず今のうちに皆んなを連れて陸地へ!」


「はい!」



 カトレアが皆を先導して桟橋を走り出す。


「マグナスさん達も早く!」


「俺たちはもう少し後片付けしてから行く!!」


「だ、大丈夫なんですか!?」


「大丈夫よ! 私も一緒に残るから!」


 ティンクがそう言って手を振る。

 何だか俺1人だと心配みたいな会話に少し違和感を覚えるが――まぁ、ティンクが居てくれた方が心強いのは確かだ。


「――分かりました! 2人ともお気をつけて!」


 そう言って、再び陸へと走り始めるカトレアの後ろ姿を見送る。

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