09-30 亡者パニック
ドアを開けて外に出ると――辺りはパニックになっていた!
他のコテージにも同じく亡者が侵入したようで、飛び出して来た宿泊客たちが一目散に逃げまどっている。
『キャアアーー!!』
『なんだこいつらは!?』
『ママ―!!』
亡者のうめき声と人々の悲鳴が夜の闇に響き渡る。
正に地獄絵図。
焦りながらも状況を確認すると、亡者はどいつも海から這い上がってくるようだ。
となれば、まずは海から離れないことには囲まれる!
「――本館に向かって走るぞ!」
「分かった! カトレア、足元気を付けて!」
「はい!」
俺を先頭に、3人固まって桟橋の上を本館へ向かって走る!
その間もどんどんと桟橋に上によじ登ってくる亡者たち。
……不味いな、相当に数が多い。
海から上がってくる亡者を避けながら、桟橋の半ば程にある中継地点――各コテージからの橋が集まる広場までたどり着く。
後は本館まで一直線なんだが――何故か逃げて来た人達が集まって立ち止まっている。
「皆さん! 走ってください! 後ろから亡者が!」
「――無理だ!!」
傍に居た男性が桟橋の先を指さす。
本館へと続くのはこの長い桟橋1本だけ。
その上に亡者が群がりこっちへ向かってゆっくりと歩いて来る。
しまった……! 挟まれた!!
「どうする? これ以上数が増える前に強行突破? それとも一か八か海の中泳ぐ!?」
手に持った包丁を構えながらティンクが耳打ちしてくる。
周りを見渡すと、中継地点に居るのは俺たち以外にざっと20人程。
子供は皆恐怖で泣きわめいているし、パニックで過呼吸になっている女性も居る。
亡者にやられたのか腕から血を流している男性も数人居る。
俺たちと同じように包丁やフライパンを持ってやる気な男性も数人居るが、皆腰が引けていて到底戦えるとは思えない。
まぁ、高級ホテルから招待を受けた金持ちばっかりなんだから、戦闘経験のある人なんて居ないだろう。
まともに戦えるのは俺とティンクだけか。
とは言え、どれだけ亡者が蠢いてるかも分からない海中を進むわけにもいかない。
背後からもすぐそこまで亡者が迫ってきている。
「仕方ない……俺たちで何とか切り開くぞ!」
人混みの間を割って先頭に立つ。
「に、兄ちゃん、根性あるな」
オタマを構えてオロオロとしていた中年の男性に声をかけられる。
「あんたも戦うのよ! ほら! 私達が突破口を開くから、それまで周りの亡者から皆を守って!」
ティンクが男性の肩をバンと叩く。
「え、えぇ!?」
「行くぞ!!」
「えぇ!」
オールを構えて、亡者の群れに突撃する。
随分と重いが、要はロングソードの扱いと同じだ。
腰を入れて横に薙ぐ。
群れの先頭で這いつくばっていた亡者の首にクリーンヒットし、腐った頭が吹き飛んで海へと落ちる!
見たか! ロングソードさん直伝の剣技だ!
そのまま崩れ落ちる亡者。
バックステップで一端距離を取る。
――行ける! 見た目通り脆いぞ!
「やるじゃない! そっちの方が良さそうね。貸して」
「お、おい!」
勝手に俺のオールが包丁と交換される。
オールを構えると、力任せに振り回し見事な連続斬りを見せるティンク。
型はめちゃくちゃだけれど、その怪力から繰り出される斬撃を受け亡者が2匹海へと吹っ飛んでいった。
つ、強ぇ……。
「なんだ、案外いけるじゃない! これなら本当に突破できるかも!」
一端下がってきたティンクが得意そうに笑う。
「油断すんなよ――ティンク! 足元!!」
叫び終わるよりも前に、海から伸びた亡者の手がティンクの細い足首を掴む。
「――! うそ!?」
足を引っ張られ思いっきり転び尻もちをつくティンク。
慌てて駆け寄り、包丁を両手で構えて亡者の手を切り付ける!
腐った手が千切るのを確認し、足首を掴んだまま残った手を海へと蹴り飛ばすティンク。
慌てて立ち上がるが、その間に今度は俺の足に別の亡者がしがみ付いて来る。
「いつの間に!?」
「頭下げて!!」
オールを両手で構え思いっきり振りかぶるティンク。
――まてまて!! それ手元狂ったら俺ごと逝くだろ!!?
「!! ――ティンク! 後ろ!」
気付くとティンクの後ろから大量の亡者が迫ってくるのが見えた。
慌てて振り返りそのままオールを振り下ろすティンク!
亡者の首から胸元辺りまでを見事に一刀両断するが、勢い余ってそのまま転んでしまう。
俺の足にもさらに亡者が群がり、凄い力で海へと引きずり込もうとしてくる。
桟橋にしがみ付き足をバタつかせてどうにか抵抗するが、次々と絡みついてきてとても全部を蹴り飛ばせそうにない。
見るとカトレアたちの居る連結部分でも、海から這い上がった亡者が人々に襲いかかっている。
クソっ! 1匹ずつは大した事ないけど、数が多すぎる!
「は、離しなさいよ!!」
ティンクも亡者に捕まってしまい身動きが取れないようだ!
「ティンク!! 今助ける!!」
とは言ったものの、俺自身も相当に不味い。
どうにか桟橋にしがみ付いていた握力もそろそろ限界だ。
渾身の力を振り絞り、どうにか亡者を振りほどこうともがく!
が――力任せに暴れたため手が滑り掴んでいた手を放してしまった。
支えを無くし一気に海へと引き込まれる。
――ヤバい!!
こんな真っ暗な海に引きずり込まれたらそれこそ一巻の終わりだぞ!?