09-28 素直じゃない
ホテルへの帰り道。
人気のない海岸沿いの道に差し掛かった所で、突然背後から声を掛けられる。
「マグナスさん!」
聞き覚えのある女の子の声。
振り返ると、手を振りながら駆け寄ってくるローラの姿が見えた。
「ローラ! 良かった、無事だったんだ! 洞窟で急に居なくなってたから心配したぞ!」
「ごめんなさい! 晴れた隙に助けを呼びに戻ったんですけど、入れ違いになっちゃったみたいですね。私もマグナスさんの事探していたのですけど、泊まっておいでるホテルも分からないから探しようがなくて……ご心配をかけて申し訳ないです」
「いやいや、こっちこそ。お礼をしたかったんだけどこっちも連絡先が分からなくて、ごめん」
「とんでもない! とにかく無事で良かったです!」
2人して謝って、お互いに頭を下げてばっかり。
それが何だかおかしくなってきて顔を見合わせて思わず笑う。
そんな俺たちのやり取りを、腕組みをしたままじっと見つめるティンク。
その冷ややかな視線にローラが気付く。
「――! あ、あの。私ローラと言います。この島に住んでいまして、その、マグナスさんとは偶然お会いしたのですが……」
しどろもどろで自己紹介するローラ。
その間もティンクは腕組みをしたまま険しい顔を崩さない。
な、なんだ?
いつもは初対面の相手にも図々しいくらい友好的なティンクがこれ程まで警戒するなんて。
……もしかしてヤキモチか?
黙ったままローラをじーっと見つめるティンク。
ローラの方も不安になってきたのか徐々に笑顔が引き攣ってくる。
ツカツカと歩み寄り、ローラのすぐ前に立つと――
何を思ったのか、ローラのワンピースのスカートをバサッと捲り上げた!!
ほっそりとした、白くて綺麗なローラの脚が露わになる。
「――な、何をするんですか!? 止めてください!」
慌ててスカートを押さえ、顔を真っ赤にするローラ。
「お、おい! お前何やって――」
詰め寄ろうとする俺に掌を向け静止し、変わらず険しい表情のままティンクが口を開く。
「前に会った時に気付くべきだったわね。あの時は遠目で分かんなかったわ。……うちの錬金術師に何の用?」
冷たい口調で威嚇するように吐き捨てるティンク。
「わ、私は別に。少しマグナスさんとお話ししたくて」
今にも泣き出してしまいそうな、怯えた目でローラが俺を見る。
しかしそんな事には構いもせずティンクは続ける。
「そう。悪いけど、私たち今忙しいの。行くわよ」
そう言って俺の手をグイッと引っ張りさっさと歩き始める。
「お、おい、待てよ! 何をそんなに怒ってんだ?」
「わ、私何かお気に触る事を……?」
慌ててティンクに駆け寄るローラ。
ティンクは立ち止まると、くるりとローラに向き直る。
「うちの錬金術師の命を救ってくれた事は感謝するわ。けど、これ以上ちょっかい出すつもりなら――許さないわよ」
物凄い剣幕でローラを睨みつけるティンク。
「……わ、分かりました。……マグナスさん、ごめんなさい。私行きますね」
そう言って俯くと、下を向いたままローラは走り去ってしまった。
……
「――おい! 何なんだよ今の態度!? いくらなんでも酷すぎるだろ!!」
ローラの姿が見えなくなったのを確認し、ティンクの肩をグッと掴んでその顔を睨む。
特に悪びれた様子もなく、ただ静かに俺を見るティンク。
「ローラの何が気に入らないか知らないけどな! 流石にあんまりじゃ――」
「――あの子、人間じゃないわよ」
「……え?」
ティンクが唐突に言い放った言葉の意味が分からず、思わず固まる。
「同じ“人間じゃないモノ”同士、感覚で分かるの」
「……ど、どういう事だよ?」
「どういう事か、って聞かれると困るけど……まぁ、あんたもだいたい予想はついてるんじゃないの?」
そう言ってじっと俺の目を見るティンク。
――確かに。
まさかとは思ってたけれど、思い当たる節はある。
「……人魚」
「多分ね。もし人魚ならあの荒れ狂う海の中あんたを担いで泳ぐ事が出来たのも納得ね」
思い返してみると、火を極端に怖がったり、やたらと体温が低かったりと、伝説に聞く人魚の特徴に当てはまる点がいくつもあった。
あの孤島と本島を自由に行き来出来たのも納得出来る。
「仮に……ローラが人魚だとして、何で追い返す必要があるんだよ!? 俺の命の恩人だぞ!」
そう。
例え人魚だったとしても、ローラが俺の恩人であることに変わりはない。
色々と良くしてくれたローラに対するティンクのあの態度――どうしても納得がいかず思わず口調が荒くなる。
「……ごめんなさい」
珍しく素直に謝ると、黙って歩き出すティンク。
……何なんだ?
釈然としない気分のままその後を追う。
前を行くティンクの後ろ姿を見ながら島の人魚伝説を思い返す。
人魚と恋に落ちる男性。
その末路は――ティンク達が聞いた話にしても、俺が聞いた話にしても、ロクな目に遭わない訳だ。
そういう事か。
「……悪かった。心配してくれたんだな」
俺の事をよく分かってくれてるティンクの事だ。
理由を説明した所で俺がローラを突き放すような事はしないと思ったんだろう。
俺が厄介ごとに首を突っ込まないよう、自分が嫌われてでもローラを俺から遠ざけたかった訳だ。
「……別に。単にこれ以上面倒ごとに巻き込まれたくないだけよ」
俺の顔は見ようとせず、小さな声で呟くティンク。
口でそうは言ういいつつも、ギュッと俺のシャツの裾を握って引っ張る。
「まぁ……うちの稼ぎ頭に居なくなってもらっても困るし」
……まったく。
素直じゃねぇな。
正直――一瞬でも浮ついた気持ちになっていた自分を恥ずかしいと思った。