09-24 古くからある島
「雷花について調べようと思ったら何処に行けばいいですかね?」
「んー、さすがに分かんないけど……詳しい人が居るとしたらやっぱり農園かね。海沿いをちょっと行った所に輸出用の雷花を育ててる農園がいくつかあるわよ」
店主さんがその辺にあった紙の裏面に簡易的な地図を書いて渡してくれた。
「ありがとうございます! 行ってみます。あ……そうだ! その雷花売って貰えませんか? 後で取りに来るんで置いといてもらえると助かります!」
箱に入ったままの雷花を指さす。
もし今回の事件に関係があるならば、詳しく調べる必要が出てくるかもしれない。
在庫があるうちに確保はしておきたい。
「お、まいどあり。値段は……そうさねぇ、聞いての通り貴重な入荷だからね。本当ならふっかけたい所だけど――島のために頑張ってくれてる錬金術さんのためだもんね。通常の売値にしとくよ」
景気の良い笑顔で手際よく伝票を書き手渡してくれる。
雷花の料金を前払いし、お店を後にした。
――
貰った地図を頼りに海岸沿いを歩く。
観光地や民家とは真逆の方向になるので、道を行く程にどんどんと人通も少なくなる。
切り立った崖沿いにある細い道をティンクと縦一列出歩く。
人が1人通るのがやっとの獣道。
すぐ横はもう海で、風に乗って潮水が飛んでくるほどだ。
「ねぇ! 本当にこんな所に植物の農園があるの!?」
後ろを歩くティンクが、強風にたなびく髪を押さえながら声を張り上げる。
すぐ傍を歩いてるんだけど、海風が強くそれなりの大声じゃないと聞こえない。
「地図によると間違いないんだけどなぁ。確かに、こんな海の傍じゃ塩害も凄いだろうし農園ってのはちょっと……道間違えたか!?」
油断すれば即足を踏み外しそうな細い道。
念のため立ち止まって貰った地図を確認する。
御世辞にも綺麗とは言えない筆跡で殴り書きされた地図。
地元の人ならこれで分かるかもしれないが、正直よそ者の俺たちには厳しかったか……。
「一旦高台に出てみましょ。……ほら、あそこからなら見渡せそうじゃない?」
ティンクが付近の高台を指さす。
ちょっと険しそうだが獣道のような足場続いておりここからでも登れそうだ。
慎重に足元を確認しながら曲がりくねった岩場を登って行く。
途中つまずいたティンクに後ろから引っ張られてマジで滑落するかと思ったけれど、ギャーギャーと喧嘩しつつ10分程で上までたどり着いた。
高台の上は剥き出しの岩がゴロゴロと転がっていた。
普段は人が出入りするような場所ではないようで、策や手すりすらない。
すぐ下は海だし、落ちたら中々にヤバそうなロケーションだけれど、恐い物知らずのティンクはズイズイと進んでいく。
「おい、あんまりそっち行くなって! 危ねぇぞ」
「大丈夫よ!」
ヒョイヒョイと石の上を飛び移って高台の先端に立つティンク。
大きく息を吸って背伸びをする。
海風が長い髪とワンピースのスカートをヒラヒラと靡かせる。
額に手を当て、強い日差しを遮るように海の方を見渡すその姿に思わず見惚れる。
真っ青な空と、それに映える赤い髪のコントラストが何とも綺麗だ。
「あんたも来てみなさい。風が気持ちいいわよ!」
呼ばれて後に続くが、とてもティンクみたいに石の上を飛び移る気にはなれず、両手をついて慎重に追いつく。
「ね、いい景色でしょ」
大きな岩の上で立ち上がると、はるか先水平線まで真っすぐに見渡せる絶景が広がっていた。
こないだ人魚像の岬から見た景色は、周辺が観光地だったこともあり人で溢れる賑やかなビーチや船舶などが印象的だった。
それに比べ、今いるのは島の反対側。
切り立った崖が続き、人工物は一切見当たらない。
繰り返し打ち寄せては砕け散る荒波と、南国の風に揺れる木々だけが、ただただ静かに悠久の時を刻んでいる。
植物に関しては錬金術の素材として以外はそう詳しくないが、生えている木々を見渡す限り殆どが原生林なんだろう。
遥か昔から手つかずで、この姿のまま現在に至るんだと思われる。
「――これはこれですげーな」
「こうやって見ると、随分と歴史のある島みたいね。色んな伝説があるのも頷けるわ」
「そうだな。何か色んな話が有りすぎて何がなんやら」
異常気象に、海から来る亡者。
噛み合わない人魚伝説。
死者の魂を迎えるお祭り。
雷花の不作。
死者蘇生の秘宝。
そして、古い錬金術。
どれもが事件に関係ありそうな気もするし、全然関係無さそうにも思える。
岩場に腰掛けて、休憩がてらここまで集めた情報を整理する。
2人揃って腕組みをし考え込んでいると、突然ティンクがポンと手を叩く。
「てかさ、よく考えたら怪しいのは1つだけじゃない?」
「え!? なに? 死者蘇生の秘宝か!?」
「違うわよ。やっぱり“雷花”よ」
「……何で? ここまで来といて何だけど、"屍人花"っていう別名があるってだけで、改めて考えると実際は1番関係なさそうじゃないか?」
「そんな事ないわよ! 確かに他の話も怪しい物ばっかりだけど、別にどれもここ最近に始まった話じゃないでしょ? この中で最近の変わった出来事っていったら『雷花の不作』だけじゃない!」
「まぁ、確かに――言われてみたらそうだな!」
ティンクの言う事も一理ある。
天候が荒れ始めたのはここ最近の出来事だ。
ならばその原因も最近の変化にあると考えるのは辻褄が合う気がする。
となると炎天下の元、こんなハードなハイキングをしてるのも無駄足じゃないのかもしれない。