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09-21 夏休み返上

『――ナス! マグナス! 起きなさいよ!』


 心地よく眠っていたのに、ゆさゆさガックンガックンと頭を激しく揺すられ目が覚める。


「――んあ?」


 薄らと目を開けると、目に大粒の涙を浮かべ手を振り上げるティンクの姿が見えた。

 その隣では同じく泣きべそをかくカトレア。


「マグナス! あんたこんな所で死んだら許さないんだからね!! 起きなさいよぉ!!」


「……へ?」


 声を出す間もなく、ティンクの平手打ちが顔面に炸裂する!

 その威力たるや、首が取れたんじゃないかと思うほどの衝撃だった。


「――痛ってぇーー! 何すんだよ!!」


「――! 良かった! 生きてた!」


 ギュッと抱きついてくるティンク。


「顔面殴られる前から気づいてたわ!!」


 その場に居た、見知らぬおっさん達も口々に『良かった良かった』と言って頷いている。


 ……


 ――話を聞くと、嵐が収まってすぐ地元の漁師さん達にも協力をお願いし、俺の捜索に出てくれたそうだ。

 この辺の海に詳しいベテランの漁師さんによると、この時期は沖合いの潮の流れがこの島に向かう場合が多いらしい。

 もしかしてと思って来てみたら、洞窟の中で倒れてる俺を見つけたそうだ。


「あんたよく無事だったわね」


 冷静さを取り戻したティンクが涙を拭きながら問いかけてくる。


「あぁ。たまたま島に居合わせたローラに助けて貰って――そういえばローラは?」


「……ローラ?」


「ほら、昨日水着買いに行ったとき一瞬だけ会っただろ? あの子がたまたま島に居て助けてくれたんだよ」


 辺りを見渡すがローラの姿は何処にも無い。


「……何寝ぼけてんのよ。あんた以外誰も居なかったわよ」


「――嘘だろ? そんな筈ねぇって!」


「漁師さん達が手分けして見まわってくれたけど、他には誰も居なかったって。小さな島だから間違いないわよ」


 辺りを見渡してみるけど、確かにローラの姿はない。

 身体が痛むのを我慢して周囲を探索するが、何処にも居ない。

 人が隠れられるような岩場もない。


 漁師さん達によると、この島に渡るならば小舟なりが必要だがそれも見当たらないし、きっと助けを呼びに先に本島に帰ったんじゃないかという事だった。


 腑には落ちないけれど、とにかくローラが無事に戻れたんならそれで良い。

 連絡先を聞いてれば戻って確認も取れたんだけれど、生憎それも分からない。

 これ以上ここで待ってもしかたないので、取り敢えず島に帰ったら人伝にさがしてみよう。


 もう一度辺りを見渡して誰も居ない事を確認してから本島に戻った。



 ――



 驚いた事に、あの嵐は一晩続いたそうだ。

 俺はあの洞窟で一晩を過ごした事になる。

 風邪を引かなかったのは、ローラが一晩中介護してくれたんだろうか。


 島では他にも何人か大波に呑まれた人が居たそうだが、皆近くの海岸なりに流れ着いたそうで幸い大事に至る事は無かったそうだ。

 俺が最後の行方不明者だったらしい。


 帰るとホテル側が医者を用意してくれていて、一通りの健康チェックをしてくれた。

 全身に軽い擦り傷を何箇所か負っていたものの、大きな怪我は無かった。

 あの辺りの沖合いは鋭い岩礁なども多いので漁師さん達も船の扱いに苦難するそうだ。

 そんな場所であれだけの波に揉まれて怪我が無かったのは不幸中の幸いだという事だった。


 診察後、ホテルの支配人が謝罪に来てくれた。

 謝られるもなにも、ホテル側に落ち度は何もないと伝えたのだけれど、何度も何度も謝られかえって恐縮してしまった。

 波除けのネットを張るなど今後対策を強化するとの事だった。


 まぁ、ヒネた見方をするならばモリノの広告塔をお願いしようとしているカトレアの友人が、ホテルのビーチで海水浴中に遭難しかけたとなっては色々と不味いのは想像が付く。


 俺が気にしないというならばカトレアもそれ以上言うつもりは無いとのことで、一通り話はまとまった。



「――それにしても、近頃の天候は明らかに異常です……」


 支配人さんが暗い顔で首を振る。


「……と言うと?」


「チュラ島は元々温暖で安定した気候に恵まれた地域でして、海が荒れるなんて殆ど無かったのです。しかもあんなに急に天候が悪化するだなんて」


「確かに昨日のは異常でしたね」


「えぇ。昨日程酷い事はありませんでしてが、最近異常気象が頻発しておりまして、専門家に頼んで調査はして貰っているのですが……」


 気象学の専門家でも原因の特定には至っていないらしい。

 となると自然現象では無いとあう事か……。


 何にせよ、もし原因があるなら早々に突き止めてどうにかしないと、このままではリゾート計画自体が頓挫しかけないという事だった。


「しかも――ここだけの話ですが、変な噂まで立ち始めているのです」


「変な噂?」


「えぇ……」


 支配人さんは一瞬黙ると、声のトーンを落として話を続ける。


「――嵐の夜に、海から亡者の亡霊がやって来ると。海からガイコツのような不気味な人影が上がって来るのを見たという人が複数人居るらしいのです」


 海の中のガイコツ……まるで俺が溺れる時に見たアレじゃないか。



「ねぇ! それって“盆帰り”で戻ってくる魂ってのじゃないの!? 丁度お祭りの期間なんでしょ?」


 黙って話を聞いていたティンクが口を挟む。


「そんな訳ありません! ――“盆帰り”はあくまでも島に伝わる伝統的な“ただのお祭り”で、実際に死者の魂を呼び寄せるような儀式的な意味合などありません! まぁ、私たちは余所者には詳しい事は分かりませんが……」


 成る程な。

 一概には言えないが、お祭りというのは元々は宗教的な儀式の意味合いを持っている場合が多い。

 時代が変わりその意味合いが薄れ様式だけが伝承する事はよくあるけれど、もしかしたら“盆帰り”にも何かそういった意図があるのかもしれない。



「そうだ! ――そういう事でしたら!」


 何かを思いついたようにカトレアが突然立ち上がる。


「もしこの件の真相を解明したいということでしたら、ここに頼もしい方が居ますわ!」


 そう言って俺の両肩にトンと手を乗せ支配人さんの前に押し出す。


「“錬金術の便利屋マクスウェル”のお2人です!」


「……へ?」


 俺達と支配人さん、揃ってキョトンとカトレアを見る。


「お2人はモリノで便利屋をやっておいでるんです。しかもマグナスさんはこのお歳で“欲付き”の錬金術師。地元でも評判の“なんでも屋さん”なんですよ!」


 評判かどうか……は分からないけど、カトレアのお嬢様仲間からは仕事が丁寧で安心できるという評価は貰えているそうだ。

 まぁ、錬金術に関係ない雑用ばっかりだけれど。


「お医者様でも治せなかった私の病気を治してくれたり、町外れの呪われた館の除霊をしてくださったり、話では王宮の悪どい錬金術師の悪事を暴きお姫様をお助けした事もあるとお聞きしております!」


 まるで自分の事のように自信満々に俺たちを讃えてくれるカトレア。

 友達として誇ってくれるのは嬉しいけれど、そこまで期待値を上げられるとさすがに恥ずかしい!


「――それは素晴らしい! 正直調査は行き詰まっておりまして、ここは国外から助っ人を呼ぶしかないか……という声が上がっていたのです! マグナスさん! どうか調査を引き受けて頂けないでしょうか!?」


「い、いや、俺たちはカトレアの護衛で来てる訳で――」


「私からもお願いします!」


 カトレアが俺の手を掴んで目をキラキラさせる。

 こ、これは、完全にワクワクした顔だな!?


「僅かですが、報酬はお支払いさせて頂きますので……」


 そう言って胸元から取り出したメモ帳に報酬の額を書き記しそっと見せて来る支配人さん。


「――! お受けしましょう!」


 記された額を見て驚く。

 僅かどころか、モリノのいつもの仕事よりも桁が2つ程多かった。


 まぁ、金額はともあれ“錬金術師”として気になることもいくつかある。


 ここはひとつ、“便利屋マクスウェル”

 夏休み返上でお仕事しますか――!!

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